![]() もつ鍋店「ふか川」に誇らしく飾られている松本治一郎の三井三池への乗り込み 先日よんだ『政界の悪を斬る』楢崎弥之助(2012年2月29日逝去/元衆議院議員)の中に以下のエピソードが綴られていたので引用・転載する。損得勘定の末に組織を去って行く者が後を絶たない現状のなか、全國水平社と部落解放同盟がその90年の歴史に刻んだ「自分を勘定に入れない」栄光と矜持を振りかえることによって、未来へ荊冠旗をバトンタッチしていく方策が導き出されるのではあるまいか。 ![]() 三池闘争は60年安保と結合し、「総資本対総労働」全国的大闘争へと拡大されていった。 会社側が窮余の策として雇ったのか右翼暴徒が大牟田の街に溢れだす。総評議長太田薫と事務局長岩井章は松本治一郎先生に大牟田入りを懇請した。部落解放同盟は、このとき初めて労働者との連帯の闘いに決起するのである。 松本先生の大牟田入りを前にした頃、私は博多に急ぎ立ち帰り、夜を徹して解放同盟の県下各支部に連絡、先生の護衛と三池労働者の激励、そしてピケ参加のための大動員をかける。夜中から夜明けにかけ、バス、トラック、自家用車、電車、列車を使って部落大衆が続々と大牟田めがけて集まってきた。警察は大牟田へ通ずる道路の要所要所に検問所を設け、不穏分子の侵入と凶器のもち込みを警戒する。 川筋の田川部隊の一郡はバスの中にハッパ(ダイナマイト)をもち込み、検問所に危うくひっかかるところであった。 “解放の父”松本先生にもしものことがあれば、右翼暴徒にハッパをかけて相打ちするという決死の一群であった。みんな度肝を抜かれた。それでも三池労働者とピケ支援労働者は、千万人の支援を得た思いで解放同盟の部隊を歓迎した。 私はすぐ先生のお伴をし、護衛の部隊とともに各やま前線のピケ隊を激励してまわった。 そのとき、いち早く会社側傭兵の暴徒が先まわりして四つ山ピケ隊にトラックで突っ込み、抜刀して襲いかかっていた。私たちの一瞬の遅延にピケ隊の労働者一人(久保清氏)が刺殺されたのである。妻子ある身の犠牲、痛恨の極みであった。凄惨な闘いである。 労働者はみんな泣いた。そして誰もがそのとき心の奥深く「やま」を死守する最後の覚悟を固めたことは間違いない。それ以来、労働者は護身用にそれぞれが命棒を用意した。 いよいよ4月末日、闘いの天王山が訪れた。「ホッパー決戦」である。その前夜、労働者はそれぞれ家族と別れの水盃を黙々と酌み交わしてあわただしく配置についた。 明けて決戦の日、薄明のなか、ホッパー前には夜を徹して全国動員の機動隊1万名、対峙する労働者も全国から動員された1万名がホッパー死守の体制をとる。まさに総資本対総労働を象徴する力の対決であった。 福岡県内の某自衛隊基地から娑婆の労働者風に身をやつした自衛隊員がトラックの基地名を消し、夜陰に乗じていずこともなく出動したという情報が入る。ホッパー前は極限の緊張につつまれながら時が過ぎてゆく。 私は点検と激励のために、各隊列をまわった。労働者はヘルメットをかぶり命棒を握りしめて粛然と並んでいた。その間に、急きょ参加してきた全学連の学生がヘルメットもつけず、棒には学校名を書いて労働者に混じっている。私はすぐ学校名を消すように指示した。まだ学生もその頃はこの種の闘いには幼稚で、いたずらに興奮ばかりが息づいていた。 More |
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![]() 小沢一郎はなぜ裁かれたか 日本を蝕む司法と政治の暴走 『悪党小沢一郎に仕えて』で剛腕政治家を描き尽くした代議士と、国策捜査の暴力性を知る最強外交官が、小沢裁判のカラクリをすべて解き明かす! 佐藤優/石川知裕/ 著 2012/03/29発売 ISBNコード: 978- 4-19-863368-4 判型/仕様: 四六判ソフトカバー定価: 1575円(税込) 小沢一郎元民主党代表を強制起訴した東京地検特捜部。幾度の裁判の過程で見えてきたのは、明確な証拠なしに「推認」で事を進める検察の思惑と、取り調べの場にない発言を盛り込んだ調書という、あの捏造事件を経ても一向に改まることのない検察の実態だった。小沢氏追及のための「階段」として逮捕された石川知裕代議士と、かつて鈴木宗男氏と共に「国策捜査」の標的にされた佐藤優氏が、4月末に迫った小沢氏の判決を前に激論を交わす、裁判の行方、そしてこの国を蝕む司法、メディア、政治の暴走の果てにあるものとは----。 More |
「ホンマ(本間)かいなそうかいな!」(2008/4/20) 前回とりあげた池田市長のWEB日誌を読んでいたら「おいおい、ちょっと待ってくれよ」と思わずにはおれなかった記述をみつけた。それも橋下府知事が泣いて話題になった同じ日だったのだ。2008年(平成20年)4月17日 今日は1階市長席での執務の後は10時30分から大阪府市長会と町村長会との合同会議に出席いたします。今日はまたまた橋下知事にお越しいただいて市長、町村長から大阪府の財政再建プログラム試案に対する思いを述べていただくとともに知事の思いも語っていただくという予定です。時間はわずか60分ということですのでなかなか結論まで引き出せるものではないと思いますが、まあ第2ラウンドの開始とでも申し上げておきましょう。 午後は庁内の打ち合わせの後、5時から池田市のまちづくり戦略顧問会議のメンバーのお一人である本間正明先生の講演会に出席、その後教育委員会の管理職合同歓送迎会でご挨拶を申し上げた後、市民交流大使の鴨粕さんと懇談させていただくという予定になっています。 本間正明・元阪大教授とは、あの安倍内閣時代に政府税調の会長をやり、政府に宛がわれた豪華官舎に公私混同で愛人を住ませていたことがバレて解任されたという曰く因縁の人物である。かれは池田市内の旭丘という“お屋敷街”に籍があり、そこには週刊誌既報の通り本妻が鎮座している。そんな人物がいけしゃあしゃあというべきか、いまなお「池田市のまちづくり戦略顧問会議のメンバー」だといい、池田市のトップ自ら有難そうに講演会に馳せ参じるというのだから開いた口が塞がらないというものだ。 ちかごろ、政治不信のためというか、騙しが通用しなくなって国会議員諸氏の影がますます薄くなってきた反面、最近の東国原宮崎県知事や橋下大阪府知事という具合に、都道府県知事が“ニューウェーブ”を装って、国民の政治不信のガス抜きを行なう安全装置としての役割を担っているように感じる。 かつて都道府県知事や市町村の首長といえば、庁内からの後継指名とか与野党相乗りといった胡散臭い不透明な事態が当たり前だったが、ざっと挙げただけでも大阪府、千葉県、北海道、滋賀県などに東京都や長野県では現職作家の知事、宮城県や三重県、鳥取県、岩手県といったところでは“改革派”を気取った知事らが登場するというような具合である。 毎月送っていただいている『創』5月号で、映像作家の森達也氏がさすがに明確な指摘をしておられたので再録して終わる。 G7各国における2001年の難民認定者の数を以下に記載する。 アメリカ 28300人 ドイツ 20720人 カナダ 13340人 イギリス 19100人 フランス 9700人 イタリア 2100人 日本 26人 誤植ではない。実際にゼロの数が二つほど違う。認定数が少ない理由を法務省は、申請する人の数が少ないからだと説明するが、ならば申請者が少ない理由を考えなければならない。外国人は危険だとする危機管理意識が高揚してこの国が持つ強い排他性がさらに煽られたことに加え、手続きの煩雑さと困難さが世界中に知れ渡っているため、申請する人が少ないと考えるほうが現実的だ。 <中略> この国の人は、異国の人に優しいと昔から言われている。でもその優しさは、実際にその異国人の人を同胞として認めるかどうかの決断を迫られたとき、強い排他性へと突然豹変する。 結束が強い。帰属意識が強い。だからこそ異物に対しては排斥を求める。この国の排他的な対応には、そんな民意が下支えとなっている。 More |
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前回とりあげた池田市長のWEB日誌を読んでいたら「おいおい、ちょっと待ってくれよ」と思わずにはおれなかった記述をみつけた。それも橋下府知事が泣いて話題になった同じ日だったのだ。