どうりで司法が正義を果たさないワケだ

この国の裁判というのは、有罪判決が98%以上で、無罪判決を出す判事は左遷されると聞いた。警察→検察→裁判所が役人と政治家を忖度しているわけで、体制側の汚職や強姦などの犯罪を隠匿し、国民大衆は厳しく処罰するのだ。戦前戦後からたくさんの冤罪事件が生まれたが、この点を反省するどころか、検挙主義に徹する。このうえ共謀罪を持たせたらブレーキは効かなくなる。

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「年収4千万・退職金1億」最高裁判所エリートの羨ましすぎる境遇 裁判よりも「出世」が大事! 【現代ビジネス】2017.6.11 岩瀬 達哉


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総選挙の際に、国民は「最高裁判事」の審査もするが、「誰だか顔も知らない」という日本人がほとんどだろう。全国3000人の裁判官のトップに立つ、エリート中のエリートたちの知られざる実態。

最高裁長官は年収4000万

最高裁判所の裁判官は、最高裁長官と最高裁判事のわずか15名で構成されている。

全国3008人の裁判官の頂点に君臨する彼らのうち、内部昇格ともいうべき裁判官からの抜擢が6名。他省庁からの登用が検察官2名、外交官と行政官僚がそれぞれ1名。弁護士会推薦の弁護士が4名、そして学者から1名を起用している。

その主な仕事は、全国各地の高等裁判所や地方裁判所で出された様々な判決を、統一解釈し、国の判断として最終的な判例として確定させる、最高裁判例を生み出すことにある。

裁判所の威信を保ち、司法への国民の信頼を高める責務を担っている彼らには、その役割にふさわしい名誉とともに、一般裁判官には及びもつかない処遇が与えられる。

有能なスタッフに囲まれた快適な職務環境、安全で広々とした住環境、そして退官後の生活の安定を支えてくれる高額退職金の支給である。

「高位の法官」たちは、毎朝午前9時前、公用車で皇居の桜田濠に面した最高裁判所にほぼ同時に乗り付ける。花崗岩で意匠をこらした荘厳な建物の北玄関は、この時ばかりは喧噪に包まれるが、日中は時間が止まったかのような静謐の中にある。

再び、喧噪がおとずれるのが午後5時過ぎ。彼らの退庁時間がやってきた時だ。重要な行事などが入っていなければ、多くの判事は、ここからまっすぐ帰宅するという。

国有財産台帳('15年3月現在)で調べた限り、彼らの官舎は、いずれも都内の一等地にあり、一軒あたりの土地面積は平均1072平方メートル(324坪)。

そしてその月額使用料は、平均約10万円である。最高裁判事の月額給与約176万円(各種手当を含む)からすると、家賃負担比率はわずか5.7%程度だ。

周辺の高級マンション(広さ80平方メートル)の賃貸料が、月額70万円から100万円を下らないことからもわかるように、すぐれて優遇された処遇のもとに暮らしているのである。

また、重要文化財に指定されている新宿区の最高裁長官公邸は、現在、老朽化による改修工事中で、目黒区に「仮公邸」が用意されている。その使用料は無料である。

やがて退官の時期が訪れると、彼らには、「最高裁判所裁判官退職手当特例法」にもとづく手厚い退職金が支給される。

裁判官から最高裁入りした最高裁長官や同判事には、裁判官時代の退職金に加え、最高裁長官及び同判事の退職金が上乗せされるため、長官の場合でその手取り額は約1億100万円。同判事だと約9800万円となる(いずれも平均在任期間で試算)。

また、弁護士などから任官した最高裁判事も、同じ退職規定が適用されるため、平均在任期間6年で試算すると手取り退職金は約2280万円となる。大企業に勤める社員が、定年退職した際に支給される平均退職金2323万円(厚労省調査)に匹敵する額だ。

これほどの好待遇を受ける最高裁長官や最高裁判事は、どのような選抜基準のもと、どのようにして登用されるのか。

昨年度の裁判所の年間予算は、3153億円。これは国の一般会計予算96兆7218億円の0.3%にすぎない。緊縮財政とはいえ、約40年前の0.87%と比べ、かなり削減されている印象だ。

財務省相手に、予算折衝をするのが、最高裁事務総局である。ここに勤務する裁判官は、裁判をおこなうことのない「司法官僚」として、予算折衝以外にも、裁判所全体の管理、運営事務を担っている。

その事務総局の事務総長や司法研修所所長等を経て、高裁長官を歴任した者のなかから、普通、最高裁判事が選ばれる。明確なルールはないものの、これは周知の不文律である。

過去、事務総長、高裁長官を歴任しないで最高裁判事に任命されたのは1964年の岩田誠、1978年の中村治朗、1980年の谷口正孝の3名だけである。

最高裁事務総局での勤務経験のある元裁判官は、最高裁人事の実態についてこう語った。

「内部から昇格して最高裁入りする裁判官の多くは、若い頃に事務総局での勤務経験がある。しかも協調性があって、上司に楯突いたりしない。素直で、上司や同僚と仲良くやっていける人が多い。

だから、裁判部門に出たとしても、直ぐに呼び戻され、事務総局でのいろんな仕事を通して、局の幹部とつながっていく。

誰しも、知らない人より、よく知っている人のほうが登用しやすいために、『お友達人事』で引き上げられているというのが正直な感想です」

レールに乗れるかどうか

学者から最高裁判事に登用された園部逸夫は、政治学者の御厨貴が編集した『オーラル・ヒストリー』のなかで、日本の裁判所は「エリートのレールに乗っている人と、乗っていない人が必ずいるわけで、エリートのレールに乗っていなかった人が、エリートのレールにスッと路線変更できるかと言うと、ほとんど難しいわけです」と述べている。

ここで言うエリートとは、司法試験の順位と、司法研修所の卒業試験の上位者であり、彼らの多くが事務総局入りするのである。

「ミスター司法行政」の異名を取った第11代最高裁長官の矢口洪一もまた語っている。

「率直に言って、事務総局には、いい人材を集めています。事務総局と、研修所の教官と、最高裁調査官、その三つは、いずれも一番いい人材を集めている。その功罪は問われるでしょう。

けれども、いい人材でないと、国会なんかはまだいいですが、大蔵省など行政官庁と折衝するときに、対等に折衝できないんです。裁判では、法服を着て、あそこへ座れば、当事者は言うことを聞くんです。

しかし事務担当として司法行政するにしても、法案を作る法制審議会の監事、あるいは監事の下請けをやるにしても、委員になるにしても、そういう後ろ盾はありません。

法務省との折衝、大蔵省との折衝、国会との折衝についても同様です。大体、そういうことができる人は裁判もできるのです」(『矢口洪一オーラル・ヒストリー』)

裁判官は法律のプロではあっても、行政官のようにゼネラリストではない。そのハンデを克服するため、矢口は、お眼鏡にかなった若い判事補たちを事務総局に集めてきた。

霞が関での裁判所の地位を上げないと、公正な裁判は保障できなくなるという危機感からであろう。

「大蔵省との折衝などの場合、『こいつはちゃんとやるな』とか、『ちょっと駄目だな』とかいうことが、すぐ全体に響いてきますからね。予算の説明でも、そのことによって予算が一千万円違ったら、やはり困るんです。

それで信用を得れば、知識が広くなり、見聞も広まって、ますますよくなっていきますからね」(前掲『矢口洪一』より)

「司法官僚」を養成するための研修にも、矢口は力を注いできた。彼らには、海外留学のほか、法務省、外務省などへの出向といった「研鑽のチャンス」が与えられてきたのである。

裁判より出世が大事

「それによって、さらに自分自身をブラッシュアップする機会が増え、結果として成長し、最高裁判事にふさわしい実力を備えるようになると言えます。

しかし地方の裁判所で、種々雑多な裁判にまじめに取り組んでいる裁判官には、そのような機会は与えられない。これで腐らない人などいないわけで、矢口さんは裁判所の一体感を阻害し、現在にまで悪影響を及ぼしていると思います」(ある現職裁判官)

かりに、やる気を失った裁判官が、根を詰めて事件に取り組むという熱意を失ったら、そのしわ寄せが国民に及ぶのは、火を見るよりも明らかだろう。

だからこそ、最高裁長官は、人が腐らない人事ローテーションに腐心しなければならないのだと、事務総局での勤務経験のある元裁判官は言う。

「スタート時点の成績が悪かったとしても、日々の仕事ぶりを正当に評価し、もうちょっと頑張れば、自分にも研鑽のチャンスが与えられるという人事をすべきなのに、一向にやろうとしない。

これこそが怠慢だと思うのですが、事務総局のエリートにはそれがわからないようですね」

最高裁の堀田眞哉人事局長が参議院法務委員会に報告したところでは、海外留学や民間企業、弁護士事務所など外部研修に出る若手裁判官は、毎年、95名程度(2015年5月14日付議事録)。

これは、約900名の判事補の1割ほどであり、毎年、90名程度の新人裁判官が任官することを考えれば、選ばれた人以外には、自己研鑽の機会はそうそう巡ってこない。

こんなことを続けていれば、裁判所の実力は落ちる一方と嘆くベテラン裁判官や元裁判官は多い。

最高裁が外部研修を本格的に取り入れたのは、約35年前、1982年のことだ。表向きの理由は、「余裕を持って社会情勢を見直す機会を与えるため、判事補から判事、裁判官から裁判長になる対象者を任地を離れて国内留学させる」というものだった。

しかし本当の狙いは、別のところにあった。

前年の4月、東京地裁民事第20部(破産部)には、東京地検特捜部が贈収賄容疑で強制捜査に入っている。

破産部は、破産会社の資産管理を弁護士から選任した破産管財人に任せ、その管理と処分、公平な配当を行わせることにある。

弁護士にとって破産管財人は、うまみのある仕事で、この事件では、裁判所から選任を受けた弁護士は、年間約1000万円の報酬を得ていたという。

この弁護士は、他の案件についても破産管財人に選定してもらえるよう、以前から破産部の裁判官を買収。ゴルフセットや背広を贈り、ゴルフ接待も繰り返したのである。

広がる「裁判官内格差」

金品を受け取っていた裁判官は、その後、国会の裁判官弾劾裁判所において「罷免」の決定を受け、法曹資格を失った。

しかし、この前代未聞の不祥事への批判は容易に収まることなく、新聞は、裁判所への批判を繰り返し、国会でも連日質問があいついだ。

燻り続ける批判の根を絶つ目的で考えられたのが、裁判官の国内研修制度だった。有能な裁判官を新聞社に送り込み、新聞社の幹部連中を懐柔し、批判記事を書きにくくするとともに、裁判所には優れた人材がいるとのPRをおこなうのが、その真の目的だったのである。

この計画は、当時、最高裁事務総長だった矢口洪一によって立案されたもので、矢口は、参議院決算委員会でこう語っている。

「過日新聞にも一部報道されましたが、部外の機構に裁判官を研修に出しまして、社会教育といいますか、まあいまさら社会教育と言われるかもしれませんが、そういった外の世界を見る、そういうことによって自己修養に努めその結果を後輩裁判官にも及ぼしていくというような施策を講じてまいっておるのが現状でございます」(1982年10月7日付議事録)

煩いハエのようにまとわりついては、批判記事を書く新聞社に頭を下げ、研修をさせてほしいと下手に出て、彼らの自尊心をくすぐったうえでの新聞社研修だった。

そして事件翌年の9月から翌々年の3月にかけ、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞などに、数名の裁判官を1ヵ月程度派遣している。

当時、この研修制度を間近で見ていた元裁判官が言う。

「この時、新聞社に派遣された裁判官は、外国留学から帰ってきたばかりのエース級が多かった。彼らは、研修の必要などない知性の持ち主で、人柄もいい。

だから、受け入れた新聞社のほうは、すっかり魅了されてしまって、こういう人なら、いつでも採用したいと言っていたほどです」

元裁判官の話が続く。

「一方、裁判現場で汗を流している裁判官からすれば、彼らは海外留学中、同僚に仕事の面で負担をかけているわけです。その負担をカバーするどころか、帰国するなり、次は国内留学とばかり、また裁判現場を離れていく。

これじゃ、仕事が増える一方の裁判官は嫌気がさしますわね。地方でどさ回りしている裁判官にすれば、もう、勝手にやってくれという気持ちになる。

裁判部門の足腰を強くするどころか、現場の一体感を削いだうえ、その後の研修にも悪影響を及ぼした事例だったと思います」

しかし矢口洪一は、新聞社からの高評価を聞くと、自身の思惑が的中したことにご満悦で、側近を前に「ああ、うまくいった、うまくいった」と破顔一笑したという。これこそが、矢口が得意とした行政手腕であった。

司法行政部門に「一番いい人材」を集めるとした矢口の基本方針は、いまも変わっていない。

しかし、現場の裁判官たちの多くは、最高裁の方針をどこか醒めた目で見ている。

ある中堅裁判官は「事務総局に行く人は、基本的な能力が高いのは認めます。しかし法廷での実務経験が少ない。そういう人たちが、全国の裁判官に、あれこれ指示を出すことへの違和感は、払拭できない」という。

また、ベテランの高裁裁判長は、ため息とともにこう語った。

「本来、最高裁長官なり最高裁判事は、現場の裁判を一生懸命やってきた人の中から上げるのがいい、と僕は思う。

裁判するときの事件に向き合う姿勢だとか、弱い人の意見でも理由があれば吸い上げる。強い人の意見でも、理由がなければ応じない。そういうセンスは、司法行政部門では養えないからです」

実務を知らないエリート

実際、司法行政部門での勤務が、裁判官人生の8割近くを占めていた、ある最高裁判事の地裁裁判長時代の判決文は、判事補なみの稚拙な内容だったと、語り草になっているほどだ。

前出の矢口洪一も、司法行政部門で8割近くを過ごしているが、東京地裁の保全部にいた時、どのように法廷を指揮していいのかさっぱりわからないと、同僚裁判官にこぼしていた。

ただでさえ、最高裁は、行政官庁や学者出身など実務を知らない最高裁判事が半数近くを占めている。

検察庁や行政官庁から来る判事は、自身の出身母体での検事総長レースや次官レースに敗れた官僚が、一種の天下り先としてやってくるケースもある。

もともと裁判実務面での法的判断は期待されていないものの、この種の「天下り組」には、意欲という点で、疑問符がつく人も、中にはいるはずだ。

それだけに、裁判官出身の最高裁長官や同判事の「裁判実力」が問われるのだが、現在の6名を見ても、裁判部門での勤務期間が、司法行政部門より長いのは、菅野博之判事だけだ。

あとは司法行政部門での勤務の方が圧倒的に長く、少ない部類の戸倉三郎判事でも68%は司法行政部門である。また、最も長い寺田逸郎長官にいたっては78%が司法行政部門での勤務だ。

まして、「お友達人事」で、気心の知れた裁判官を引き上げるにあたっては、箔付のため、短期間、高裁長官にして、最高裁判事に任命するということまでしている。

これは、裁判現場を踏み台にする行為として、多くの裁判官は、口にこそ出さないものの内心不満を募らせている。

このような現状にあって、最高裁長官や同判事は、その期待されている職責を本当に果たせているのだろうか。

いったい、いつから最高裁は現場の裁判官たちと乖離してしまったのか。

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岩瀬達哉(いわせ・たつや)
55年、和歌山県生まれ。'04年『年金大崩壊』『年金の悲劇』で講談社ノンフィクション賞を受賞。その他著書多数

烈侠外伝~秘蔵写真で振り返る加茂田組と昭和裏面史

サイゾー特別編集班(編集)/サイゾー

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by amenbou | 2017-06-11 18:38 | メディア | Trackback | Comments(0)