上高地トレッキング②

 ぼくが登山を始めた40年前には熊との遭遇なんて考えたことがなかったし、聴いたこともなかった。ツキノワグマの生息地は飛騨地方でも登山者が少ない笠ヶ岳の方で、穂高岳や槍ヶ岳など人気の登山コースには熊と遭遇するなんていう話を聞いたことがなかった。
 ところがここ数年、上高地周辺のあちこちで熊目撃情報が掲示されるようになった。上高地トレッキングでは4〜5年前に河童橋を渡った岳沢湿原周辺や、河童橋からすぐの小平のキャンプ場で熊目撃情報が貼られていたのをみた。ツアーガイドの人も「田代湿原で親子の熊が出てきた」と言っているのを聞いた。(つづく)


ライター
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みなみ あめん坊
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クラブに安住する大恥を知れ! 記者手メディア

菅官房長官を狼狽させた東京新聞女性記者の“聞く力”
【週刊ポスト2017年6月30日号】2017.06.21 07:00
  http://www.news-postseven.com/archives/20170621_565146.html

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 安倍一強の中での政治私物化を浮かび上がらせた加計学園問題で、官邸の“守護神”として火消し役に回った菅義偉官房長官。「総理のご意向」文書についても表情一つ変えずに「怪文書」と言い切って記者の追及をいなしていたが、ある女性記者の登場をきっかけに、“鉄面皮”に異変が起きた。その異変は文科省による再調査、そして文書の存在確認につながっていった。

 東京新聞社会部記者の望月衣塑子(いそこ)氏(41)が永田町でにわかに注目を浴びたのは、6月8日の菅氏の定例会見でのことだった。「前川(喜平・前文科次官)さんだけでなく、複数の告発が出ています。もう一度真摯にお考えになって、文書の公開、第三者による調査という考えはないですか」

 そう質問した望月氏に対して菅氏が、「存否や内容などの確認を行なう必要はない」と応じる。そこで望月氏は何度も質問を重ねのその回数は23回、通常10分程度の会見は約40分にも及んだ。そして翌9日には文科省が再調査の実施を発表した。普段は部外者なだけに、番記者による事前内容通告や、質問は1人2〜3回といった“暗黙のルール”を知らなかったがための追及といえよう。

 興味深いのはそうした望月氏の姿勢に同業他社が“懸念”を示したことだ。全国紙の政治部記者が明かす。

「会見後に、菅氏は通例の囲み取材に応じず、険しい表情で総理執務室に向かったそうです。一部の番記者からは“あれが続くとオフレコ取材や官房長官会見自体に制限がかかりかねない。なんとかならないのか”と懸念の声があがった」

 政権の顔色を政治部記者が忖度している様子が滲むエピソードだが、社会部所属の望月氏は、その“空気”を読まなかったわけだ。

 望月氏が加計学園問題の取材チームに加わったのは5月17日に「総理のご意向」文書の存在が明らかになってから。遊軍として文科省や官邸担当とは別に取材を進め、6月2日付の紙面では、前川喜平・前文科次官へのインタビューを担当した。

「官房長官会見など、政権の反応はネット動画でチェックしていたのですが、先行して独自情報を掴んでいるはずの朝日新聞の記者さんですら、菅氏の木で鼻を括ったような説明をつき崩せず攻めあぐねていました。見ていて歯がゆさを感じ、どうしても官房長官に自分の言葉で疑問を突きつけたい、国民の怒りをきっちり菅氏に伝えなければ、と会見に出ることにしたんです」(望月氏)

 驚かされるのは望月氏の“粘り”だ。そうしたスタンスを取る理由を、望月氏は自身のキャリアに絡めて説明する。

「事件取材では、検察官に質問をして最初から肯定されたことなど一度もありませんでした。否定されることが前提で、繰り返し疑問を投げかけて一つずつ認めさせていくのが記者の仕事だと教わってきた。

 駆け出しの頃、殺人事件で設置された捜査本部で、大事なことをはぐらかす警察幹部に先輩記者が恐ろしい形相で迫っていた。私はこれまでそうしたやり方に倣ってきたつもりです」

 もともと、今回の菅氏の対応には、政府与党のなかからも“危機管理のプロを自任する菅さんらしくない”という声が出ていた。大手紙デスクが解説する。

「初報の段階で、菅氏は『怪文書みたいな文書』と言い切ってしまい、“文書が本物か”が論点になった。最初から、文書が本物であろうがなかろうが、〈総理のご意向〉などないという論理にすればよかった。菅氏には珍しい明らかなミス」

 つまり、付け入る隙はあったはずなのに、政治部記者が突き崩せずにいたところ、望月氏の登場が局面を変えたといえそうだ。望月氏は「空気は変わりつつある」と語る。

「再調査が決まって以降は、官邸記者クラブでいくつか厳しい質問が飛んでいるし、私がちょっと声高になってしまうと、同僚記者もフォローしてくれている」

 政治家と大メディア政治記者の“お約束”や“慣習”を打ち破らねば、安倍政権の驕りは止まらない。



東京新聞・望月衣塑子記者 部外者だからできた執拗な追及
【NEWS ポストセブン】6/19(月) 7:00配信
 http://www.news-postseven.com/archives/20170619_565004.html

「官邸記者クラブどころか政治部に所属した経験もないので、(6月)6日に初めて(菅義偉)官房長官の定例会見に出た時は、さすがに緊張しました」──そう語るのは東京新聞社会部記者の望月衣塑子(いそこ)氏(41)だ。

 2000年に入社後、警察や東京地検特捜部などで事件取材に携わり、2004年には日本歯科医師連盟の闇献金疑惑の取材班にも加わった。2児を出産後の2014年からは武器輸出問題の調査に注力してきた。

 その望月氏が永田町でにわかに注目を浴びたのは、6月8日の菅氏の定例会見でのことだった。

「前川(喜平・前文科次官)さんだけでなく、複数の告発が出ています。もう一度真摯にお考えになって、文書の公開、第三者による調査という考えはないですか」

 そう質問した望月氏に対して菅氏が、「存否や内容などの確認を行なう必要はない」と応じる。

 5月17日に朝日新聞がスクープした〈総理のご意向〉文書。文書がやり取りされた当時の事務方トップである前川氏が「本物」と証言した後も、菅氏は「文科省の調査で確認できなかった」と繰り返していた。

◆クラブの“ルール”は知らなかった。

 だが、この日のやり取りはこれで終わらなかった。望月氏が何度も質問を重ねたのだ。

「(文科省が再調査をしないのは)安倍総理や官房長官の菅さんたちが判断しているのではないのか」

 次第に「それはあり得ません」と応じる菅氏の表情が引き攣っていく。事務方から「同じ趣旨の質問は止めてください」と制止されても望月氏は、「きちんとした回答をいただけていると思わないので、繰り返し聞いています」と切り返して質問を続ける。通常10分程度の会見は約40分に及んだ。やり取りはテレビでも大きく取り上げられ、翌9日、文科省は再調査の実施を発表した。望月氏はこう語る。

「9日未明に『政権内に再調査論浮上』という速報が流れた時は驚きました。もちろん、自分の質問がどれだけ影響したかはわかりません。百戦錬磨の官房長官からすると“うるさい女が来た”という程度だろうと思っていましたので」

 とはいえ、菅氏の会見に“異変”が起きた直後の再調査で文書の存在が確認されたのは間違いない。望月氏が振り返る。

「会見場にいた大勢の官邸記者クラブの記者さんたちはシーンとしていて、最初は戸惑いました。政治部の仕事場では、私のように質問を繰り返すやり方は礼を失していると思われたのかもしれません。ただ、幸いにも英字紙『ジャパンタイムズ』の吉田玲滋記者が連動するように質問してくれたので、私も問いを重ねることができました」

2017.06.19 07:00


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サイゾー特別編集班(編集)/サイゾー

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by amenbou | 2017-06-21 17:33 | メディア | Trackback | Comments(0)