包摂と寛容が自分ファーストを超える

『亀井静香、天下御免』岸川真著(河出書房新社)を読了。

前回、東大時代に樺美智子さんが60年安保の国会デモで機動隊に殺害された事件を契機とし、警察を良くしようと警察官僚の道に進んだところまで記した。

亀井氏はキャリアが歩む出世コースからやがて公安部門を担当し、三里塚闘争や連合赤軍のあさま山荘事件とリンチ殺人事件を担当する。

<極左事件を担当しながら、よく耳にしたのが「あんな暴徒はけしからん」という声だ。とくに酒席で聞くと「お前なんか、大酒くらって遊んでいるばかりおってね、彼らを批判する資格はない、彼らは自分のためにやっているわけでねえんだぜ」と言い返したものです。彼らのやり方は間違っているけれど、考えがあるんだ。それも日本を、世界をよくしようという一途さがね。あんな二〇代になったばかりや三〇そこそこの若い連中が体を張って、我々と渡り合っているんだもの>

この言葉にこそ亀井氏の真骨頂がある。亀井氏が小泉改革という名の新自由主義、安倍晋三の新保守主義と一線を画してきたのは「包摂と寛容」という政治姿勢なのだ。彼は警察を去り、政治家となっても政権与党に甘んじることなく、自社さ政権の御輿を担いだ後は自民党の要職から離れ、古巣自民党と対抗し新党を立ち上げ民主党の連立政権を樹立したりする。

現在〝傘張り浪人〟を自認するが、近頃の〝自分ファースト〟で議員バッチを付けたいだけの〝税金泥棒〟が暗躍する現在、利害で政治屋どもに群がり集った挙げ句棄てられる自身というものを再確認することが全有権者に求められていることなのだろう。

最後にいくつか気を惹いた言葉を列挙しておく。
【日米同盟は日本が言うだけ。関係性は同盟以下の扱い】(P131)
【政治家は政策で倒れるということはまずない。やられるのはスキャンダル】(P137)
【自分でなんとかやれば展望はひらける。楽しくなければ次に行けばいい。何も腐ったまま朽ち果てることはない】(P166)
【政権にとって政策なんて関係ないんだ。単に人間の繋がりさ】(P181)
【裏切りは結果論で、その実はすれ違いや意見の取り違えでしょう。生きていることは人を傷つけること】(P208)

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頭を抱えればミサイルから身を守れるのか?
白井聡 | 京都精華大学人文学部専任講師(政治学・社会思想)

【Yahoo! ニュース】8/28(月) 22:38 https://news.yahoo.co.jp/byline/shiraisatoshi/20170828-00075061/

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 ■無意味な訓練の意味

 北朝鮮から日本に本当にミサイルが飛んでくるのか、現在のところ可能性は低いと見るが、究極的には分からない。だが仮に本当に飛んでくるとしても、こうした訓練は意味がない。小学校の体育館に逃げ込んで身を守れるのか。体育館に集まった方が安全だと判断する根拠はどこにあるのか。頭を抱えたところで、落ちてくるのはミサイルであり、対処法は基本的にない。

 政府は、グアム方面に発射されたミサイルを日本上空で迎撃すると言い、島根、広島、高知の3県に地上配備型迎撃ミサイル「PAC3」を配備した。だがこれも無意味だ。日本上空を通過するときにはミサイルは高高度を飛んでいるためPAC3で撃ち落とせない。

 北朝鮮が米本土に向けて撃つミサイルを日本が撃ち落とすなどと言っているが、これもばかげた話。この場合、ミサイルは日本上空を通過しない。

 これらに共通しているのは危機認識の前提や、その対処方法に「全く合理性がない」という点だ。太平洋戦争末期に政府が「竹槍(たけやり)で爆撃機B29を落とす」と言っていたのと変わらず、見ているこっちが恥ずかしくなる。

 ではなぜ無意味なことをやるのか。そこに別の意味があるからだ。つまり社会的効果を見込んでいる。戦時中、竹槍でB29を落とす訓練に「そんなのは無意味だ」などと言おうものなら、「お前は何を言っているんだ。非国民だ!」と爪はじきにされた。いま行われている弾道ミサイル避難訓練はこの構造とよく似ている。つまり不合理に屈する国民を生産するという社会的効果がある。

 ■朝鮮戦争にこそ原因

 大いに懸念されるのは、こうした訓練を繰り返すことで、人々の心が「とにかく頭を抱えるべきなんだ」となり、同時に「なぜ、こんなことになっているのか」という問いが消えてしまうことだ。

 なぜ日本がミサイル攻撃を受ける可能性があるのか。なぜ私たちはそこまで憎まれているのか。なぜそれほどの犠牲を強いられるのか。こうした根本的理由を問うことをやめ、せいぜい「あの国は理解できない」などという説明で納得した気になってしまう。

 だが当然ながら問題はそんなに単純ではない。もつれた歴史の糸をほぐしながら考えなければいけない。

 これは朝鮮戦争が終わっていないことに起因している。国際法的には今も戦時であって、一時的に休戦しているに過ぎない。この状態が60年余り続いているのは異常だ。米国はこの戦争の当事者であり、だから北朝鮮は、米国に対抗するために核開発とミサイル開発をやめない。

 この構造の中でなぜ日本に危険が及ぶのか。それは日本が米国の前線基地であるからだ。60年以上続くこの異常な状態を、アジアの住人が主体となって解消しなければいけないと考えるべきだが、日本人の多くにそうした発想はない。

 ■本質から目そらすな

 「東アジアの安全保障環境が厳しさを増している」という理由づけで、安倍政権は2014年7月に集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、翌年安全保障関連法制を成立させた。このとき、集団的自衛権行使の前提として「存立危機事態」にあることが条件とされた。「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」事態だ。

 当時、国会で挙げられた事例(ホルムズ海峡封鎖)と比べれば、北朝鮮のミサイル問題は、存立危機事態にはるかに近いと言えるだろう。では、その「存立危機事態」はなぜ生じているのか。原因は明らかに米朝関係と日米安保体制に求められる。この現実から目をそらしてはいけない。

 こうして全体を俯瞰(ふかん)して分かるのは、ミサイルが飛んでくるかもしれないと言って行われる避難訓練がいかにばかげた行動であるか、ということだ。考え、解決しなければいけない問題は別の次元にある。頭を抱える練習をしたところで、何も守れはしないのだ。

※本稿は、『神奈川新聞』8月26日朝刊に掲載されたものです。

白井聡
京都精華大学人文学部専任講師(政治学・社会思想)
1977年、東京都生れ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。博士(社会学)。政治学者の立場から「いま何が起きているのか」を考え、分析します。

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by amenbou | 2017-09-02 11:58 | 批評 エッセイ | Trackback | Comments(0)