ブログトップ

NEWS-SELECT

☆彡★彡☆彡2015年3月21日★彡☆彡★彡

★彡若者の貧困が深刻化!年収400万以下の独身男性が20%以下の現実!若者に広がる格差社会と少子化問題
(c) NAVERまとめ 2015年02月10日

☆彡映画『ソーシャル・ネットワーク』に見るソーシャルメディアの本質
(c) 日刊サイゾ~ 2011.01.21 金

★彡NYオフィスを“開設せざるを得なかった”フェイスブックの憂鬱
(c) Business Journal  2012.08.22

☆彡東京大空襲の語られない事実…住民に逃げるなと命令、米の空襲司令官に日本が勲章授与
(c) LITERA 2015.03.18.

 東京大空襲から70年ということで、先週は多くの報道を目にした。しかし、「10万人が一夜にして亡くなった」「民間人への無差別爆撃」といった悲劇が強調される一方で、あまり知られていない意外な事実もある。

 昭和17年4月18日の初空襲以来、東京区部では死者が出ているだけで56回もの空襲があった。しかし、クローズアップされるのはやはり、終戦の年である昭和20年3月10日、約10万人の死者を出した「下町大空襲」だろう。実際、後にも先にもこれだけの犠牲者を出した空襲はない。

 だが、下町大空襲は爆弾投下量などにおいて必ずしも最大規模の空爆ではなかった。それ以降にも、さらなる規模の空襲が行われていたことが、戦後のアメリカ側の資料などから明らかになっている。

 昭和20年3月10日の下町大空襲では279機のB29が来襲、1665トンの焼夷弾が現在の台東区、墨田区、江東区などを中心に投下されたという。

 だが、その約1ヶ月後の4月13日に行われた「城南大空襲」は、520機のB29で3646トンの焼夷弾が投下されるという、ほぼ倍近い規模の空襲であった。

 また、5月25日、26日の「山の手大空襲」でも、464機、3258トンという記録が残っており、この4、5月の空襲によって、東京の区部はほぼ焼け野原になった。

 にもかかわらず、これらの空襲の死者は合わせても約7300人。東京大空襲全体の犠牲者の実に9割以上は、下町大空襲に集中しているのである。

 空襲の規模に比例しない被害者の実数。これはいったいどういうことなのか。一般的には3月10日が冬型の気圧配置で強風が吹いて大火災になったことや、木造家屋の密集した下町地区、しかも川が多く避難が難しかったといった地理的な状況が被害の拡大を招いたと言われている。

 しかし、東京大空襲の記録運動の第一人者である作家・早乙女勝元氏は、『東京大空襲~昭和20年3月10日の記録~』(岩波書店)の中で、その原因として当時の警視庁の防空体制を指摘しているのだ。

〈3月10日までは、バケツリレーに火たたきなどで「備えあれば憂いなし」と息まいていたものが、その「備え」の非現実性があきらかにされ、なまじわが家を守ろうとぐずぐずしていると、かえって、そのために大量の死者を出すことになると反省したのだろう。警視庁は「防空体制」の方針をきりかえた〉

 “火たたき”とは、長い竹竿の先に縄の束を取り付けただけの道具。当時は火元をそれで叩いて火を消せば大丈夫、という何とも呑気な消火方法が指導されていた。もちろん、そんなものでは焼夷弾のナパーム剤を鎮火させることなどできない。

 そしてなにより、空襲当時の日本では防空法という法律によって市民の都市からの移動が禁止され、空襲時には消火の義務が課せられていた。そのため、3月10日は避難に出遅れた市民の多くが犠牲になり、防空壕にとどまった人はほとんどが蒸し焼きになるほどの惨状だったのだ。

〈都民には、絶対に逃げることのできない防火義務が、法律として、頭の中にたたきこまれていたのである〉

 しかし、この下町大空襲があった一週間後の3月18日、昭和天皇が被災地を巡幸。「これで東京も焦土になったね」という一言を発した。

 これがきっかけになって、警視庁が防空方針を変更。「火に地下室は禁物」「避難の時を誤るな」「なるべく風上に逃げろ」といった「まず逃げる」の方針が徹底され、その後の空襲での犠牲者の大幅減につながったのである。

 これは逆に言えば、当局の非現実的な防空体制によって犠牲者が増大したということである。そういう意味では、まさに日本の戦前の統制社会がもたらした惨事であり、空襲の犠牲者を悼んで悲劇を二度と繰り返さないという観点からも、ジャーナリズムが詳細に検証すべき問題ではないだろうか。

 しかし、大手メディアの東京大空襲の特集記事や番組の中には、こういった事実に触れたものはほとんどなかった。わずかに朝日新聞が社説で当時の市民の消火活動の義務について触れていたくらいである。

 産経新聞は社説で、〈これほど非人道的な無差別爆撃が本当に必要だったのかについて疑問は大きく、引き続き日米で検証も必要だ。「戦争終結を早めるため」というだけで正当化できるものではないだろう。戦争をめぐって勝者の視点から語られがちな歴史を多面的に見ることが欠かせない〉と、あくまでも被害者としての観点を強調している。

 たしかに、行われた空襲は民間人を巻き込んだ無差別爆撃であり、米軍の非人道的な作戦は追及されるべきものだろう。

 だが、それと同時に、自国内で何が起きていたかを徹底的に検証することも、国内のメディアとしては重要な仕事なのではないだろうか。たとえ、それが不都合な真実であったとしても、である。

 ちなみに、この空襲の作戦立案者であり司令官でもあったカーチス・ルメイ将軍は「戦後、日本の航空自衛隊の育成に協力した」との理由で、昭和39年12月に日本政府から勲一等旭日大綬章を授与された。こういった不可解な事実も検証して報じてもらいたいものである。
(市井伊織)

★彡RIKACOが「許せない!」と激怒、ブログに綴った長文が怖い
(c) メッシー 2015.03.18 水

 RIKACO(48)が3月9日にブログに投稿した記事が、ジワジワ「怖い」と話題を広げている。件の記事は『人生のつけ』というタイトルの長文投稿。元夫の渡部篤郎(46)との子である次男が16歳の誕生日を迎えたことに伴う、RIKACO自身の決意と、“誰か”への糾弾という内容だ。

 「(16歳でも)まだまだ子供です」「私は子供達の気持ちを優先した母親でいたい」「たとえ自分を犠牲にしても子供達を守り悲しい思いは絶対にさせたくない!」と綴るRIKACO。その“子供”に「悲しい思いをさせる大人は許せない!」と、憤っているようだ。

「大人は身勝手! 子供の気持ちを考えていない! なんて子供に思わせる奴は最悪だよ!」 「自分勝手な欲望で子供の気持ちを無視する大人には幸せは最後にはやってこないよ」

 こう記しているということは、RIKACOは次男から「大人は身勝手! 子供の気持ちを考えていない!」と直訴されたのか、はたまた次男がそう思っていると感じ取ったのだろうか。ネット上では渡部と中谷美紀(39)の交際継続報道、そして結婚秒読みとの報道等を受けて、渡部とRIKACOの子供らが傷つき、彼女が激怒したのでは……と憶測が広まっている。要するに、「元旦那に対してめっちゃ怒ってる」という解釈だ。

 中谷と渡部の馴れ初めは不倫だった。RIKACOは渡部と離婚する際、「子供が成人するまで(中谷と渡部が)入籍はしない」ことを条件に離婚届に捺印したとされている。長男はすでに成人したが、次男はまだ“子供”であるため、RIKACOは彼らの結婚報道が出たことに憤慨しているのだろうか。

 しかし当の子供にしてみれば、母親が自らのことをこのようにブログに綴って世間に公開してしまうことも、あまり良い気分でないのではなかろうか。確かに16歳は未成年で「子供」と呼べる年齢だが、分別がつかない乳幼児ではなく、ネットにアクセスもできるし文章も読める、何より、恋愛や結婚についてだって話し合いができる年齢のはず。もし子供側が父親の再婚報道にショックを受けたとしても、渡部が息子と向き合って対話することで解消できるものだったかもしれない。こうやって子供の気持ちを母親がブログで代弁してしまうことで、ますます関係がこじれてしまう懸念もある。RIKACO自身のこの行動が、身勝手なものではなかったか――。
(清水美早紀)

☆彡復興費6億円で…無人偵察機の「大破」を防衛省が隠したワケ
(c) 日刊ゲンダイ 2015年3月18日

 陸上自衛隊が無人偵察機「スキャン・イーグル」の事故を4カ月も“隠蔽”していた。昨年11月に大分県の演習場で試験飛行中にトラブルで緊急着陸、大破していたのに、一部メディアがスッパ抜くまで事故を公表してこなかったのだ。

 防衛省は「あくまで機体の損傷で演習場内に着陸させたもので、事故ではないと判断したため公表しなかった」(広報課)と弁明したが、昨年5月にも陸自が導入した国産の無人偵察機が墜落している。トラブル続きで、いつ対人事故が起きてもおかしくない。

 スキャン・イーグルは米ボーイング社製で、全長約1・3メートルと小型だが、高度数千メートルから撮影した画像を電送することができるという。今回の不時着機は、2011年度第3次補正予算、つまり復興予算で購入していた。防衛省によると、1機約3億3000万円で、計2機購入したという。ラジコンのような機体にしてはベラボーな金額だが、復興費を充てたことについては「原子力災害の教訓を踏まえ、有人装備では対処困難な状況の生起が予想される原子力災害や火山噴火災害等に対処するため」(広報課=前出)と説明する。こんなポンコツが、果たして復興に役立つのか疑問だ。
「無人航空機の運用に関しては、日本はまだまだ“初心者マーク”がついている状態です。5年前にも硫黄島基地周辺で試験飛行していた無人偵察機が2機墜落している。今後、同様の事故が起きる可能性もあります。しかし、無人航空機の導入は国際的な潮流です。すでに米軍はイスラム国掃討のため、『無人攻撃機』まで使用しています。日本の防衛省も積極的に無人航空機の導入を進めていく計画だといいます」(軍事ジャーナリストの世良光弘氏)

 防衛省は事故公表で、導入計画にケチがつくことを恐れたのではないか。ましてや、復興予算の“流用”が知れ渡れば、世論の批判を受け、計画が頓挫する可能性もある。事故で被害が出る前に、即刻運用を停止すべきだ。





★彡歴史認識をめぐる言論への違和感 - 反中嫌韓が常態の日本のリベラル
(c) 世に倦む日々 2015-03-16 23:30

昨夜(3/15)のニュースで、李克強が歴史認識の問題で発言する場面があった。全人代閉幕後の記者会見で、「一国の指導者は、先人が成し遂げたものを継承するだけでなく、過去の犯罪行為に伴う歴史の責任も負うべきだ」と言い、日本に対して村山談話を継承するように求めている。今日(3/16)の朝日の7面にも記事が出ていた。「罪の歴史責任 継承を」「中国首相 安倍談話念頭か」と見出しで紹介され、「中日関係の根源は、先の戦争や歴史認識に正確な認識を持ち続けることができるかどうかにある」「今年という重要な時は、中日関係にとって試されるとともに、チャンスでもあると思う」「日本の指導者が歴史を直視すれば、中日関係を改善・発展させる新たなきっかけになり、中日経済貿易関係の発展によい条件となる」と言っている。きわめて至極当然の議論だ。当然のことを言っているのだが、NHKのニュースでは、安倍晋三の戦後70年談話を牽制するものかという、恰も不当な内政干渉のように不審視する論調で報道された。一週間前(3/8)の王毅の発言を報じた毎日の記事もそうだが、中国の指導部が歴史認識について何か言うと、「牽制」だの「挑発」だのと不当視した表現で説明される。頭からそれを否定する決めつけで紹介される。 

王毅が具体的にどう発言したかを見ると、「人に害を与えた責任を加害者が忘れない場合のみ、被害者のかつて受けた傷の癒える可能性が生まれる。これが歴史問題を取り扱う上での正しい態度だ」「日本の今の政治指導者は、どうすべきかまず胸に手を当てて考えてほしい」とある。至極当然の発言であり、正論だ。こうした意見そのものは、特別編集委員の岸井成格がNEWS23やサンデーモーニングで毎度言っていることであり、安倍晋三を批判する主張としては全く同じ言論だ。だが、今の日本のマスコミは、どれほど中国指導部が歴史認識の問題で正論を言っても、それを正論として認めない。正論として評価する報道をしない。そのことは韓国の指導者の発言についても同様で、朴槿恵が日本の歴史問題について発言していることは、慰安婦問題にせよ何にせよ、基本的に真っ当な正論なのだけれど、日本のマスコミはそれを必ず歪曲した形で報道する。日本への誹謗を言っているように捉え、襟を正しく聞く必要や価値のないものとして切り捨てる。それは、最近では、マスコミ報道だけでなく、ネットの左翼リベラルでも同じ反応が常態化していて、中国や韓国からの日本に対する発言をありのまま受け止めず、否定的に矮小化し、それを反日の言説だとして無視している者が多い。

もしもメルケルが同じことを言い、米国の高官なり、英米のマスコミが言ったなら、左翼リベラルは涙を流して大喜びし、Twで拡散し合い、ニューヨークタイムズがこう言った、ガーディアンがこう言ったと、蜂の巣をつついたような大騒ぎの反応をするだろう。日本の歴史問題について、欧米が正論を言えば、それを正論として認める。中国や韓国が正論を言っても、それを正論として認めない。戦後70年談話の政治情勢を見ながら、私が悲観的になるのは、日本の言論を覆うこうした病理と偏向があるからだ。左翼リベラルも、テレ朝やTBSも、中国や韓国を頭から否定する視線では同じであり、中国や韓国からの日本への認識や主張に対して、それを反日として否定的に捉えている点では右翼と同じ構図なのだ。中国や韓国からの日本への正しい批判や忠告を、まともに捉える理性を喪失している状況は、もはや全体主義社会と言っていい水域に達していて、それに抵抗する言論を吐いている者が日本中探しても一人も見当たらない。中国や韓国の言っていることの方が正しいと、逆風の中で屹然とそう言い張る者が一人もいない。そういう思想状況で、果たして村山談話を守るということができるだろうか。今の日本の左翼リベラルの言論はきわめて悪性に屈折していて、矛盾と欺瞞に満ちている。

安倍晋三の極右路線に反対しつつ、歴史認識での中国と韓国の立場の正当性を認めようとしない。もし、日本のマスコミの半分が中国や韓国の立場を認め、歴史問題で共通認識だという合意を示し、日本の左翼リベラルがその立場に立ち、中国政府や韓国政府と共闘すれば、安倍晋三と日本の右翼は孤立する。安倍晋三と日本の右翼は包囲され、四面楚歌となってどこにも逃げ場がなくなる。繰り返すが、李国強が言っていることも、朴槿恵が言っていることも、日本の左翼リベラルが言っていることも、東アジアの歴史認識の問題としては同じ正論なのだ。それは村山談話の立場であり、謝罪と反省の立場であり、日本国憲法の平和主義の立場である。中韓の正論と日本の左翼リベラルの正論との間に、どこにも差異や齟齬はない。平和憲法の精神が歴史認識の言葉になったのが村山談話であり、中国と韓国は村山談話を尊重していて、日本も村山談話を変えないで守ってくれと要求している。それが、日中間・日韓間の関係を安定的に発展させる基礎だと言っている。正しい主張だ。それなのに、日本の左翼リベラルは、どうして中国や韓国の主張にまともに頷くことができないのだろう。こうした発言をすることは、ネットの無名の市民としてでも、今ではとても勇気の要ることで、面倒に感じて仕方のないことだ。左翼リベラルそのものが、反中嫌韓の観念に染まっていて、つまりはナショナリスティックになっている。

安倍晋三や右翼に対しては、平和憲法を守れとか、村山談話を守れとか言い、正論を言うのだけれど、同じ主張を中国や韓国が日本政府に対して発するときは、それに呼応しようとせず、逆に中国や韓国の粗探しをする。日本の侵略戦争と植民地戦争によって被害を受けた当事者は、まさに中国と韓国ではないか。米国やドイツではないのだ。歴史問題については、中国や韓国の言うとおりじゃないかと、慰安婦問題については韓国の言い分が正しいと、だから中国や韓国と連携して安倍晋三を包囲しようじゃないかと、そう説得する日本のリベラル論者がどうしていないのだ。どうしてそこで中国や韓国に難癖をつけ、留保をつけるのだ。20年前、村山談話が出たときは、日本の左翼リベラルの中でそのような反中嫌韓の色のついた者はいなかった。そもそも3月の全人代での中国幹部の発言は、米国議会における1月の大統領の予算教書のようなイベントで、1年の国家の方針が示される重要な機会だ。世界の政治と経済に大きな影響を与える情報発信体である。また、中国は日本の最大の貿易相手国であり、世界第2位の経済大国である。どうして、日本のマスコミもリベラルも、オバマの予算教書には内在的な視線を向け、積極的に評価して注目し、それを賑々しく宣伝するのに、中国の全人代にはどこまでもネガティブな姿勢で終始するのだろう。おかしなことだ。

勇気が要ることと書いたが、正確に言えば、あまりにもかかる意見に対して共感する者が少ないことへの絶望感というか、気後れというか、心の重さというか、問題提起をする気力が失せる挫折感である。右を見ても、左を見ても、反中と嫌韓ばかり。こんな現実の中で、村山談話を守れるはずがない。村山談話というのは、何度も書いているが、そもそも韓国を意識した文書だ。中国に対しては、謝罪と反省を1972年の日中共同声明で明記した。大平正芳と田中角栄が歴史認識を示した。それは、石橋湛山以来の自民党(ハト派)の宿題の達成だった。が、韓国についてはそれを言っておらず、80年代以降、韓国の民主化が進む中で、日韓の国家関係の基礎となる指針の定立が必要だったのだ。1995年、戦後50年の節目の年に、ようやく村山談話を出し、日韓の信頼関係の構築へ踏み出すことができた。まさに、真の意味の日韓国交正常化が成された瞬間だった。両陛下がすでに訪中を果たしているのに、訪韓が未だ実現していないのは、実はその問題に関わる。両陛下の訪中は1992年。日中共同声明から20年、日中平和友好条約から15年の年で、日中友好は円熟の時期を迎えていた。中国と日本は蜜月のパートナーだった。1995年の村山談話の後、日本では右翼の強烈なカウンターが始まり、「新しい教科書」の醜悪な運動が始まり、マンガ右翼が売れ、右翼が権力を掌握してゆく。

両陛下の韓国訪問は困難な情勢になった。1995年までの戦後の歩みを概観すれば、私は、日本がドイツと比べて特に歴史問題で遅れていたとは思わない。確かに、ドイツのように戦争の加害責任を自らの手で追及して明確にするということはしなかったが、その代わり、日本は平和憲法を制定して9条を守ってきた。軍隊を否定し、軍隊を海外に出さなかった。日本らしい方法で名誉を回復し、世界から信頼を得ることに成功していた。途上国のお手本になった。私なりの言い方をすれば、戦後日本は、右翼や左翼(脱構築)が自虐するような国家ではなかった。7年ほど前までは、このブログにも、日本語のできる中国の人がコメントを書き込んでくれていた。自画自賛のつもりはなく、敢えて言えば、私も、その中国人も、日中友好の蘇生と復活の希望を捨てず、意思を持ち、そのための努力を必死でやっていた。日本の左翼リベラルの転向には本当に呆れる。 

ライター

c0018311_17314970.gif☆彡★彡☆彡★彡☆彡★彡☆彡
みなみZあめん坊
FaceBook
★彡☆彡★彡☆彡★彡☆彡★彡
[PR]
トラックバックURL : https://amenbou.exblog.jp/tb/23702854
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by amenbou at 2015-03-21 18:47
どうやら風邪だったようである。三寒四温の寒暖差とピークのスギ花粉のダブルパンチが厳しい。鼻水タラタラ、鼻づまり、嚔(クシャミ)で安眠できない憂鬱。21時頃から8時まで床にいたが頭はまだボーッとしている。発熱だけがない。遅い朝ごはんを食べながらマッサンを見る。着色・香料なしの三級ウイスキーが絶賛されていた。○ントリーの場合は、一級のオールドやリザーブでさえ着色と香料を添加していた。若い頃通っていたお店が閉店したときキープボトルを返還してくれた。グラスに注ぐとその液体は赤色でウイスキーの香りさえしなかったのを思い出す。それにしても養女エリーが三回替わったがこれだけ似てないのも珍しい。
by amenbou | 2015-03-21 00:00 | ニュース・メディア・映画 | Trackback | Comments(1)

★彡Amenbou Premium★彡身の廻りで起きる現象を的確に批評・分析しますがあくまで個人の感想と意見です。