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☆彡★彡☆彡2015年4月5日★彡☆彡★彡

☆彡3月末の「朝生」を観て
(c) 脇田 栄一 2015年03月28日 04:19
★彡電波芸人的キャリア戦略を割と真面目に考察する
(c) 城繁幸 2015年03月11日 17:30
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☆彡続報! 古賀茂明『報ステ』爆弾発言は菅官房長官の圧力が動機だった! 古賀批判は的外れ
(c) LITERA 2015.03.28.

 27日の『報道ステーション』(テレビ朝日系)での古賀茂明氏の発言が大きな反響を呼んでいる。本サイトでも2ヵ月前に報道していた「官邸からの圧力による『報ステ』女性チーフプロデューサーの更迭と古賀降板」を裏付ける内容に、ツイッターで「報ステはだらしない」「古賀さん、よく言った!」「やっぱり官邸の圧力なのか」などの書き込みが殺到している。

 しかし、不可解なのが、その一方で古賀批判が盛り上がりを見せていることだ。その代表的なものが「官邸の圧力というのは古賀氏の被害妄想」という意見だろう。たとえば、池田信夫氏などはブログで「(テレビ局に対し)政治家が出演者をおろせなどということは絶対ない(あったら大事件になる)。」「彼は政治とメディアの関係を誤解しているようだが、報ステのような番組に政治家から圧力がかかることはありえない。」等と言っているが、政府がメディアに公式で出演者降板を申し入れたりしないのは当然。問題は、上層部や番記者、報道への抗議を利用した揺さぶり、さまざまなチャンネルを使った裏の圧力なのだ。池田氏らはこの間、安倍官邸が裏でマスコミに何を仕掛けてきたか、本当に知らないのだろうか。


 『報ステ』の古賀氏発言についても、菅官房長官は番記者を集めたオフレコ懇談ではっきりと「放送法違反」「免許取り消し」などをちらつかせて、プレッシャーをかけている。テレビ朝日上層部に対しては、番組審議会委員長の見城徹幻冬舎社長を使った揺さぶりもあった。

 まあ、池田氏の場合は政治スタンスからしてなんとしても現政権の圧力を否定したいだろうから当然としても、驚いたのは比較的リベラルだと思われたジャーナリストたちも古賀批判を口にしていることだ。

 ツイッターを見ると、『とくダネ!』や『Mr.サンデー』(ともにフジテレビ系)にレギュラー出演している『ニューズウイーク日本版』元編集長の竹田圭吾氏は「古賀茂明という人はテレビで発言する機会を与えられていることの責任と義務をまったく理解していない」とつぶやき、ジャーナリストの江川紹子氏も「公共の電波で自分の見解を伝えるという貴重な機会を、個人的な恨みの吐露に使っている」などと書き込んでいる。

 いったいこの人たちは何を言っているんだろう。古賀氏が言ったのは、「テレビ朝日の早河会長と、古舘プロジェクトの佐藤会長のご意向で今日が最後ということで。これまで本当に多くの方に激励していただいた。一方で菅官房長官をはじめとして官邸のみなさんからものすごいバッシングを受けてきました」という言葉だけだ。

 その後のやりとりは、キャスターの古舘氏から「ちょっと待ってください。今の話は私としては承服できません」「古賀さんがテレビ側から降ろされるというのは違うと思うんです」などと反論されたために、「ただ、古舘さんも言いましたよね、私がこうなったことに対して『僕は何もできなかった。本当に申しわけない』と」と応戦したにすぎない。
 古賀氏が言いたかったのは“降板”についての恨みつらみではない。発言のポイントは「官邸のバッシングで」という部分にある。それがより鮮明になるのが後半戦だ。安保法制を始めとする国会論戦についての感想を求められ、「国民的議論がないまま、アメリカの言いなりで先へ先へ行こうとしているのは、とんでもないことではないか」ときわめてまっとうな意見を述べた。そして、いま安倍政権が進めているのは(1)原発大国、(2)武器輸出大国、(3)ギャンブル大国――への道だと指摘し、自分でつくってきたという「I am not ABE」のフリップを掲げ、「これは単なる安倍批判じゃないんです。日本人としてどう生きるかを考える材料にして欲しい」「官邸からまたいろいろ批判があるでしょうが、菅さんも、陰でコソコソ言わないで直接、言ってきてください」とかましたのだ。

 ところが、ここでまた古舘氏が墓穴を掘る。「古賀さんのお考えは理解できますが、一方ではっきり申し上げておきたいのは…」と切り出し、過去に報ステが取り組んできた、原発再稼働への不安や核のゴミの問題、沖縄の辺野古の基地建設など、批判すべきところはしっかりやってきたと返した。すると古賀氏は、「そういう立派な特集をつくってきたプロデューサーが、(官邸の圧力で)更迭されるのも事実ですよね」と。古舘氏は「更迭じゃないと思いますよ。人事のことはわかりませんが」と応じるのが精一杯だった。

 古賀氏が一貫して言いたかったのは、圧力があっても言うべきことは言い続けなければならないということだった。最後はマハトマ・ガンジーの言葉を紹介し、人が自粛して言いたいことを言わないようになると、知らず知らずのうちに自分が変わってしまう。そして、本当に大きな問題が起きているのに気づかなくなってしまう。そうならないためには、圧力があっても言うべきことは言い続ける。「これを古舘さんにも贈りたいんです」と締めくくった。

 これを「私物化」だの「責任を理解してない」などと言うのは、それこそ、普段、番組に媚びて電波芸者を演じている自分たちを正当化したいだけだろう。
 また、一部ネットには「プロレスと同じでシナリオのあるやらせでは」などと書かれているが、これもありえない。すべてガチンコ、事前打ち合わせなしの“ゲリラ発言”だったのだ。

 実際、テレビ朝日内部は蜂の巣をつついたような状態となっていた。番組終了後、古賀氏の携帯に親しい知人が何人も電話を入れたが、呼び出し音が鳴るだけだった。実はこのとき、古賀氏はテレ朝報道局の幹部から約40分、吊るし上げをくらっていたというのである。テレ朝関係者はこう明かす。

「局幹部はみんな顔面蒼白でしたよ。番組終了後、4月人事で交代するプロデューサーやスタッフ、コメンテーターの恵村順一郎さんらを囲んだ送別会があったんですが、重要な関係者が顔を見せない。もちろん古賀さんも来ない。別室に呼ばれて“事情聴取”を受けていたんです」

 古賀氏はそこで「ニュースと関係ないことを話しては困る」「なんで事前に言ってくれなかったのか」などとなじられたという。だが、ここには古賀氏の深謀遠慮があった。というのも、前回「I am not ABE」とやったときは事前にスタッフにも相談し、フリップもつくってもらっていた。ところがオンエア後、首相官邸から抗議を受けたことで現場スタッフは上層部から「何で止めなかったんだ」と責められた。そこで今回は誰にも言わず、自前のフリップを用意して本番に臨んだ。これで、末端の責任が問われることはなくなった。

 古賀氏がここまでやらなければならなかったのには訳があった。親しい知人はこう打ち明ける。

「古賀さんのターゲットはズバリ菅官房長官です。番組中も何度も何度も繰り返し、菅さんの名前を口にしていたでしょ。菅さんは本気で古賀さんを潰そうと、裏で相当なことをやっていた。古賀さんだけではありません。安倍政権に批判的なコメンテーターを個人攻撃したり、逆に懐柔したりが目に余るようになってきた。一方、古賀さんの話によれば、テレ朝に対しても『(古賀氏の発言は)放送法違反に当たるかもしれない』と、免許取り消しをほのめかしながらプレッシャーをかけてきたと言うんです。これはもう看過できない。古賀さんはこう言っていました。『テレ朝には申し訳ないけど、ここで私が沈黙したら言論が権力に屈することになる。古舘さんら番組関係者は相談もなくいきなり言い出したので、私に裏切られたと思っているかもしれないが、時間が経てば理解してくれるはず』と。あれはいわば宣戦布告。戦いはこれからですよ」

 いずれにしても、スタッフの入れ代わった4月からの新生『報道ステーション』がどうなるのか、ぜひチェックをしていきたい。
(野尻民夫)

★彡「これで自由に発言していける」〜古賀茂明氏が報道ステーションの放送終了後にネット生出演
(c) BLOGOS編集部 2015年03月28日 00:39

27日夜、報道ステーション(テレビ朝日系)の放送中、キャスターの古舘伊知郎氏とゲストコメンテーターの古賀茂明氏の間で、4月以降の番組出演をめぐって両者が議論する一幕があった。

古賀氏は、これまでも会見などの場で報道ステーションの出演に関する発言を繰り返しており、26日には自身のTwitterで「恵村さんに続き、番組チーフプロデューサーM氏も明日で更迭。」などとツイートしていた。
番組終了後には、ネットの生放送に出演、「これで東京のキー局に出ることは無くなったと思うが、ある意味自由に発言していける」と述べた。


「録音を出させていただきます」
イエメン情勢について古舘氏にコメントを求められた古賀氏が「そのお話の前に」と切り出し、「テレビ朝日の早河会長とか古舘プロダクションの佐藤会長のご意向で、今日で最後ということですが、菅官房長官はじめ官邸の皆さんからものすごいバッシングの中でも、多くの応援のおかげで楽しくやらせていただきました」と突然話を始めた。

これに対し古舘氏は「ちょっと待ってください古賀さん!」と古賀氏を制止、「今のお話は承服できません。」「4月から番組が変わっていく中でも、機会があれば、企画が合えば出ていただきたいと相変わらず思っています。これで全てテレビ側から降ろされるというのは違うと思いますよ」と反論。

「でも古舘さん言われましたよね。自分は何も出来なかった。本当に申し訳ないと。わたしは全部録音させていただきましたので、もしそういう風に言われるんだったら全部出させていただきますけれども。」
「こちらもそれは出させて頂くってことになっちゃいます古賀さん。」
「いいですよ。」
などと、議論に発展した。

さらに番組後半には、集団的自衛権を巡る議論を扱っていた際、古賀氏が「I AM NOT ABE」と書かれた自作のフリップを取り出した。続けて古賀氏が「素晴らしい映像を作っていた番組プロデューサーが更迭されると言うのも事実で…」と再び番組に関する話を始めたため、古舘氏が「更迭ではないと思いますよ。私は人事のことはわかりませんが…もうこれやめましょう、見ている方がよくわからなくなると思いますので」と遮った。

また、コメントの時間があまり無いと古舘氏が促す中、古賀氏は「これを是非古舘さんにお送りしたい」と、マハトマ・ガンジーの言葉を記したフリップを取り出し「圧力や自粛に慣れてしまって、知らないうちに自分が変わってしまって、本当の大きな問題が起きているのに気が付かないということにになってしまうんですよと。口論のようになっちゃって申し訳ないんですけれども、みんながやっぱり言いたいことは自然に言おうと。裏で圧力をかけたり官邸から電話をかけて、なんだかんだということはやめていただきたい。」と訴えた。

番組終了時には、古舘氏が「私としては一部に承服できない点がございました。とにかく来週以降もこの番組は、そして私は真剣に、真摯にニュースに向き合っていきたいというふうに考えております、これに関しては一切揺るがないつもりで、真剣に皆さまと向き合っていきたい」と番組を締めくくった。

報ステ終了後、ネットの生放送に出演

放送終了後、古賀氏はテレビ朝日近くの路上から配信されていた岩上安身氏のUstream番組に出演、「テレ朝には申し訳なかったが、今回の発言は事前には相談しなかった。最大限気を使ったつもりだけれど、やられたら怒られるのは当然だし…」と述べた。さらに「報道局長初め、番組終了後ガンガン…あんな、ニュースと直接関係ないことを言うのはおかしい、事前に言ってくれなかったのはおかしい」と、テレビ朝日幹部と発言についてやりとりしたことを明らかにした。

岩上氏に今後について問われた古賀氏は、「これで東京のキー局に出ることは無くなったと思うが、ある意味自由に発言していける」と笑顔も見せていた。

☆彡なぜ『マッサン』はこれほどの反響を呼んだのか
(c) 門田隆将 2015年03月28日 16:25

本日の放映で、話題を呼んだNHKの朝の連続ドラマ『マッサン』が終了した。毎朝、胸が熱くなるシーンが必ず登場する稀有(けう)な朝ドラだった。私は、このドラマを第1回から最終回まで、すべて観た。

もちろん、長期出張や海外取材で観えない時もあったが、予約した毎回録画で必ず、あとで観るようにした。私は、第1回を観た時、いや、テーマソングの「麦の唄」が流れてきた時に、この番組の成功を確信した。

 “懐かしい人々 なつかしい風景
 その総てと離れても あなたと歩きたい

 嵐吹く大地も 嵐吹く時代も
 陽射しを見上げるように あなたを見つめたい

 麦に翼はなくても 歌に翼があるのなら
 伝えておくれ故郷へ ここで生きてゆくと

 麦は泣き 麦は咲き 明日(あした)へ育ってゆく”

私は、この歌詞を聴きながら、番組が始まる前に、あの時代の人々が辿った苦難の道と毅然とした生きざまを思い浮かべたのである。戦争で多くの命が失われたこの世代は、まさに「嵐吹く大地」に立ち、「嵐吹く時代」を生きた人々だった。

シンガーソングライターの中島みゆきさんは、この短い歌詞とメロディーに見事に、そのことを込めていた。その世代の生きざまが、彼らにとっては、気の遠くなるような2014年から2015年という時代に「描かれた」のだ。私は、この「麦の唄」を聴き、第1回を観て以降、連続録画の予約で、すべてを観ることに決めたのである。

「人生はアドベンチャー」という信念で、愛する夫と共に異国で生きることを選んだエリー。毎回、支え合うことの大切さを教えてくれるドラマ展開は、竹鶴政孝とリタというニッカウヰスキー創業者夫妻の実際の物語をもとにしているだけに、圧倒的な説得力と感動があった。

それは、事実を基にしたドラマ、つまり真実の物語であり、言ってみれば、“ノンフィクション・ドラマ”だった。私は、中盤で展開された大阪での物語も、お節介で人情味あふれる関西の人々のエリーとの泣き笑い劇を、毎回、楽しませてもらった。

舞台を北海道・余市に移しても、感動と笑いはつづいた。どんなことがあっても挫けないマッサンとエリーに、視聴者は溜息を吐(つ)きつづけたのではないか。どうして、挫けないのか。なぜ、それでも前進するのか、と。

私は、戦争ノンフィクションをはじめ、明治や大正生まれの人々の姿を数多く描かせてもらっている。今年は、「戦後70周年」ということもあって、そのうち5冊が一挙に文庫化されることになっている。

私がそれらの取材を通じて知っているのは、まさに「どうして、挫けないのか。なぜ、それでも前進するのか」ということだ。当時の日本人は、明らかに今の日本人とは「違う」のである。

特高(特別高等警察)に目をつけられ、スパイ容疑までかけられるエリーと、必死にそれを守り、支えるマッサンと周囲の人々の温かさも、胸に染みる描き方だった。まさに「嵐吹く時代」であり、エリーだけでなく、日本人すべてが苦難の中で、もがきつづけた時代だった。

娘・エマが想いを寄せていた一馬(かずま)が出征し、のちに戦死。その一馬が遺したモルト(原酒)が、戦後、苦境に陥った会社を救うことになる場面もまた、感動の展開だった。

「どんなことがあってもあきらめない」――それこそが、物造りに邁進する者の誇りであり、同時に明治、大正生まれの人々の真骨頂である。その毅然とした生き方を毎朝、ドラマを通じて現代の日本人は「教えてもらった」のではないだろうか。古き、よき日本人とは何か、を。

エリー役を演じたシャーロット・ケイト・フォックスさんが日本語もわからない中で必死に演技する姿は、実在したリタ夫人が経験したさまざまな苦労と重なり、また彼女の独特の魅力もあって、日本中の視聴者の心を捉えた。

ドラマの最後は、エリーが遺したマッサンへの手紙だった。「私の夢はマッサンでした」と始まる手紙は、いかにエリーが夫を愛し、感謝し、心から支えようとしてきたかをわからせてくれるものだった。マッサンは、残された夫を気遣いながら「1日に1度思い出してください。夜、寝る時におやすみと言ってください。私はいつもそばにいます」とつづく、そのエリーの手紙を読む。その時、目からも鼻からも、“涙”が出てくるマッサン役の玉山鉄二さんの迫真の演技に、観る者は釘づけになったのではないだろうか。

玉山さんには、拙著『尾根のかなたに』が原作のWOWOWドラマ(「尾根のかなたに」※芸術祭ドラマ部門優秀賞受賞)にも、かつて出演してもらったことがある。今回の連続ドラマでは、演技派として完全に地歩を固めた玉山さんの一挙手一投足に、本当に目を吸い寄せられた。今後は、玉山さんには「日本」だけでなく、是非「世界」に活躍の場を広げていって欲しいと思う。

私は、テレビもクオリティーの時代を迎えていると思う。民放のドラマは、ここのところ低視聴率に喘いでいる。必死に視聴者に迎合しようとはしているが、それがいとも簡単に跳ね返されることの連続だ。

原因は何だろうか。私は、ドラマも「真実の時代」、そして「クオリティーの時代」を迎えているのではないか、と思う。先日、放送90周年を迎えて『紅白が生まれた日』というドラマがNHKで放映されていた。昭和20年12月31日に、紅白の第一回が放送されるまでの人間ドラマを描いたものである。

実際の話をフィクション化した作品だが、恋人や家族を戦争で失った『リンゴの唄』の並木路子の苦悩をはじめ、真実のストーリーにはやはり説得力があり、感動があった。沈黙の末に並木路子が「きっとどこかで(家族や、最愛の人が)聴いていてくれている……そう願って唄います」と呟いて歌い始める場面が圧巻だった。

また当時のGHQが、あらゆる面に、いかに「指導」という名の介入をおこなっていたかが、目の当たりにできるドラマでもあった。「戦後日本」がどういうかたちでスタートしたのかも、よくわからせてくれる内容だった。

真実とクオリティー――今後の映像が抱えるキーワードは、これなのではないだろうかと思う。そういえば、封切以来、満員をつづけているハリウッド映画『アメリカン・スナイパー』も、原作はイラク戦争に4度も従軍し、160人を狙撃したクリス・カイル兵曹長の自伝『ネイビー・シールズ最強の狙撃手』を基にしたクリント・イーストウッド監督作品である。

ラストシーンでは、実際のクリス・カイルの葬送の記録映像が流されるという「真実」をもとにしたものだ。アメリカでも、そして日本でも、記録的な興行収入になっているこの映画が観る者の心を捉えるのは、そこに「真実」があるからではないだろうか。

私は、『マッサン』の最終回を観ながら、さまざまなことを考えさせられた。真実とクオリティーの時代、そして毅然と生きた人間の姿――私も、そんな人物や出来事の「真実」をノンフィクション作品として、これからも生み出していきたいと思う。





★彡【今、敢えて言っておきます】就職活動で「学歴差別」はある
(c) NEWSポストセブン 2015.03.28 07:00

 就職活動真っ盛りだが、就活生の間で毎年話題になるのが「果たして企業は『学歴』でフィルタリングしているかどうか?」という点についてである。いわゆる「上位校」の学生はフィルタリングがあることで安心感を覚えるかもしれないが、いわゆる「下位校」の学生からするとたまったものではない。

 そんな中、『「就活」と日本社会―平等幻想を超えて』(NHK出版)で「学歴差別はある」と言い切った作家・評論家の常見陽平氏が、「今、敢えて言っておきます」シリーズ第3回(最終回)に登場(第1回は「生活保護」(自民党参議院議員・片山さつき氏)、第2回は「原発」(NPO法人社会保障経済研究所代表の石川和男氏)。常見氏の真意はどこにあるのか。

 * * *
 かつてトヨタやソニーが「学校名不問」を宣言していた時代があります。日本企業の特徴として、経済環境が苦しくなると「多様な人材を採りたい」と言いだす法則があります。同じような有名大学の学生ばかり採ることで、多様性がなくなることを懸念し、様々な大学から採る方針に何年かに一度、ふります。グローバル人材採用や一芸採用も、話題になるのは経済環境が苦しい時期なのですよね。

 もっとも、建前としても本音としても「多様性」って重要なんですよね。学校名不問は公平性があってクリーンなイメージに繋がります。そもそも採用活動というものは、「採用」だけが目的ではありません。昔ほどヒートアップはしていませんが、採用活動には企業のイメージをよくするという意識もあるのですよ。

 たとえば、CM総合研究所が行っている「CM好感度ランキング」で上位に入るのは本当に難しいことです。例外はあるものの、お金をかけて大量出稿する企業が上位に入るものです。しかし、就活の人気ランキングって案外簡単に上げられます。というのも、就活生って毎年、40万人台ぐらいしかいないので、この人たちに広く深く伝達することはそんなに難しくないのです。

 しかもターゲットも明確だから、他社よりも接点を増やして、面白い広告やDMを打ったり、特徴的なセミナーをすると順位が上がるのです。この人気ランキングは以前は必ず毎年メディアで紹介されれていたので、上位に入ることの価値は膨大なものがあります。従業員のモチベーションアップにもつながるのですよね。以前は社内報はもちろん、館内放送で人気ランキングの結果を発表していた企業もありました。学生は仮にその会社に入らなかったとしても、翌年はビジネスパーソンになるし、家庭を持つ。そんな時に、就職活動の時にイメージが良かった会社の保険に入ったりするかもしれないんですよ。将来の消費者・取引先になるかもしれない学生に対しては、「ウチの会社はクリーンですよ!」を打ち出す必要があります。だからこそ、学歴差別してないことを装う必要があるのですね。

 実は学歴差別って就活の歴史と共に存在しています。諸説ありますが、大学と企業のつながりから始まったものなので、学校間の差はあるのです。
 マスメディアがない時代、ましてやインターネットがない時代に広くあまねく多くの学生に「ウチは採用やってますよ!」を伝えるのは簡単なことではありませんでした。となると大学と培った関係性から採用をするわけで、元々新卒採用は学歴差別・区別になりやすい土壌があったのです。

 以前は指定校というやり方があり、採用する大学を決めていた時代もありました。ただ、数点で大学の合否が決まるくらい受験戦争が加熱している中、少しの差でウチの大学に求人が来ないのはいかがなものかと、国会でも問題になったことがありました。

 最近の「学歴差別」という言葉は、自由応募が広がって以降誕生した世界観ですね。「就職協定」があった時代も、人事に某大学の学生が電話をかけると「まだ採用していません」と言われ、慶應の学生が電話をすると「来てもいいですよ。OB紹介しますよ」となっていたものです。でも、当時はこうした状況が公になっていなかった。

 学歴差別が取沙汰されるようになったのは、大学のあり方が1990年代くらいから変わってことも一つの理由です。大学の数は1990年代から増えていき、元々あった大学でも学部数が増えてきました。18歳人口に対する進学率が約50%になり、短大を含めるとより多くの人が高校卒業後も教育を受けるようになってきています。そんな競争の中、そこで、さらにネットが出てきたわけですよ。ネット就活の時代になり、「僕のド底辺Fラン大学じゃ○○社に入るなんて無理……」と思っていたであろう人にも情報が手に入り、応募ができる状態になりました。就職ナビの一括応募で大量に人がやってくるのです。学歴差別に怒りを覚える一方で、大学の事情、応募活動の事情が変わってきたことで差別・区別せざるを得なくなっています。

 学歴差別については、一部都市伝説みたいなこともありますが、大学生のレベルに対する不安が高まったというのも事実。昔も今も大学生ってバカだと揶揄される対象だったってのはありますが、ゆとり教育でダメになったのでは、AO・推薦でダメになったのか? なんて人事の中でも言われていたことがありました。人事が若者の事情をあまり分からないところもあります。

 「即戦力」ということは通常はありえないのですが、「立ち上がりの早い人材」「伸びそうな人材」そして、あまりこの言葉は使いたくはないのですが、「優秀人材」の早期囲い込み現象が生まれているのです。
 あまねく人材に応募はさせるものの、説明会に参加させる人は限定的にしよう、とか、有名大学の学生を対象にインターンをやらせるとか、リクナビ・マイナビを使わずいかに直接アプローチするかということを企業は考えています。

 もちろんインターネットの普及もこの問題に影響しています。ネット炎上文脈と重なりまして、「そんなの許されないよ!」「いや、あるだろ」といった意識が表明され、広がっていったのです。

 こういったことをするのは人気企業だけなのか? そうではないでしょう。たとえば、「常見商事」という小さな会社があったとします。その会社だって「誰でもいい」とはなりませんよね。人を育てる余裕がないとしたならば、よりマナーがよく、地頭が良さそうな学生を採りたいでしょ? となれば、小さな会社であっても上位校の学生にいかにアプローチするかを考えるのです。

 全体では約6割の企業がターゲット校を設定しています。300名以下の会社であってもいわゆる「ターゲット校」を設定していることはあります。ターゲット校を1校から10校に絞っているのが300名以下の企業で約8割。1000名以上だと32%となっています。たとえば、成長しているITベンチャーだったら、すぐにプログラミングができる人材が欲しいのですよ。だったら東大で、学生時代からアプリを作っていたような学生をなんとか口説きおとして取ろうとする。意外に人数少ない会社のターゲットって、そうなっているのです。

 よく、大手は差別していない――と反論するデータがあります。就職四季報などを見ると、様々な大学から大手に入っているように見えます。これのカラクリは、女性の一般職、理系、コネです。理系は、旧帝大クラスに限ると採用できる難易度が高くなっています。でも、帝大ではない国立もけっこう大手企業には入っています。MARCHクラスで大手に一杯入っていますが、これは大量採用しがちな金融機関のしかも一般職、特定総合職が多いのですね。だからこそ、「多様な大学から採用している金融っていいじゃん」と思うかもしれませんが、ここでも女性が「特定総合職」という形で入っていたりもする。あと、コネはあります。

 結局企業が学歴差別をするのは、絞り込む時の合理性にあります。ド底辺大学でも優秀な学生はいるだろう、東大でもバカはいるだろう、とネットではこういった反論が寄せられます。でも、採用する側からすると絞り込む時に大学名って便利なんですよね。そもそも、採用する側の人事部が高学歴化する傾向があります。IT、大手企業は、ピッカピカの高学歴な人を人事に入れてくる。そういう人でないと頭のいい人は口説けないってのもあるからでしょう。
 採用の流れとしては、まずは上位校の学生を対象に上位校限定セミナーとか、リクルーター、インターンで囲い込んで掴んでいく。そこから徐々にオープンな枠で採用活動を行い、自由競争で誰でも応募できるようにする。後の方になると、人事も妥協するみたいな風になっていくのですね。もちろんオープンで一切の差別がない採用も同時にやっている会社もありますけど。その一方で、ガチガチに、「このクラスしか相手にしない」と明確に区別をして採用を行っている外資系企業などもあります。

 もっとも、上位校なら有利なのか?上位校の学生って競争相手が普通とは違うんですよね。というのも、大学ごとに採用数が決まっている場合は、その中で勝負をしなくてはいけなくなるのですね。帝大早慶の場合、10000人の中から50人を目指す競争にはなりませんが、熾烈な学内競争に参戦せざるを得ません。5枠をめぐり、同じ大学の優秀な学生100人と争ったりするワケですね。これも相当厳しい戦いです。

 だったら、普通の学生はどうすればいいのか。まずは、自由応募枠の中で、足切りに合わないよう戦うべきでしょう。実際のところ、企業は多様性のある人材を欲していますから、様々な大学から取りたいと考えるのは事実。だから完全に差別があるわけではなく、一応受けるチャンスはある。そもそも、上位校に絞った場合は、彼らから採りきれないということもありうるわけです。

 だからこそ、SPIなどで切られないようにトレーニングをすることが重要です。同じ問題集を4回やるとSPIは解けるようになりますよ。下位校と言われる大学の人で、大手広告会社に入った人はSPIの「言語・非言語」の分野での正答率が95%でした。彼はコネなしで入ったのですが、こういった対策をキチンとしておくべきですね。

 あとは奇策ではありますが、立場のあるエラいの人に直談判する、というのもありますよ。『銀のアンカー』(三田紀房 集英社)という就活漫画でも、『あの子が欲しい』(朝比奈あすか 講談社)という採用活動小説でも描かれていますが、その会社のトップクラスに接点を持っていくという手法があります。あとはなんとかして、会社説明会に潜り込むのも手です。それは、会社説明会の開催情報を何とか取って、当日会社へ行って並ぶ。となれば、元々応募はしていなかったものの、ムゲにはできないな、となります。どちらにせよ、説明会ってキャンセルはあるんですよ。明らかにガラガラなので追い返された、となるのは問題になりますので、企業も中に入れてくれることでしょう。

 もしかしたら諦めろと言ってるように聞こえるかもしれませんが、何よりも、まずその企業の採用活動の癖を知るべきです。どの大学からどれくらいの人数を取ってるかをまずは知りましょう。東洋経済の就職四季報を見ると、毎年どんな大学から何に入ってるかが分かります。ここは幅広く採っているな、とか、取っているけど女性ばかりだな、という情報を知ることは重要です。

 知り合いの明治大学の学生がどうしてもキリンビールに行きたいと言っていたんですよね。でも、明治からキリンはそんなにいなかったんです。キリンも三菱グループだからなのか、慶應が伝統的に強い。もし、ビール会社に入りたいのであれば、アサヒやサッポロはけっこう明治の出身者が多かったりもします。同じ業界であっても、自分の大学から多く採ってるかどうか、というクセは見抜いておいた方がいいでしょう。これは差別・区別ではなく、採用活動のクセ、傾向のようなものですね。

 いや、だってね、ウチの高校から東大を何人受けるか? みたいなことはやってたワケでしょ? なんで同じことを就職でもやらないのですかね。

 あとはコネに近いのですが、その企業に強い先生がいないかどうかを知っておいた方がいいです。コネってバカにできないんですよね……。とある企業と共同研究している教授とかいたりするワケで、その教授が企業にどれだけ影響力を持っているかによりますが、なんとかしてくれる場合もありますよ。毎年その教授のゼミから同じ会社に行く学生がいたりして。見る人が見れば「あぁ、○○先生の影響下だね」なんてことは分かります。

 いずれにしても、学歴差別は残念ながら存在するので、事実として直視しつつ、そんなものに負けず、ありとあらゆる手を尽くして内定を目指していただきたいな、と思います。

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Commented by amenbou at 2015-04-06 10:45
雨の合間に森を歩くと、コバノミツバツツジが満開になっていた(^_^)v
by amenbou | 2015-04-05 00:00 | ニュース・メディア・映画 | Trackback | Comments(1)

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