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☆彡★彡☆彡2015年4月15日★彡☆彡★彡

☆彡高市総務相 「消えた1億円」疑惑報道に異様な慌てぶりのワケ
(c) 日刊ゲンダイ 2015年4月8日

「悪質な捏造記事だ」――。6日の緊急会見で、実弟秘書官の“消えた融資1億円”関与疑惑を全面否定した高市早苗総務相(54)。

 三重県の農業法人が政策金融公庫から2億円超の融資を受け、うち1億円が焦げ付いているのだが、この融資に秘書官が関わっているのではないか、と週刊ポストが指摘したところ、色をなして反論したものだ。

 高市総務相は「私も秘書官も一切関与していない」と言っていたが、それにしても安倍首相の“お友だち”には醜聞が次から次へと出てくる。高市大臣は統一地方選の応援をキャンセルしているが、仕事よりも醜聞の否定に時間を取られているのだから世話はない。

 実弟秘書官の融資口利きを否定した高市大臣だが、実は過去にも数々の疑惑を指摘されている。

 日刊ゲンダイ本紙が問題視してきたのは、高市事務所と人材派遣会社「パソナ」との不透明な金銭関係だ。13年2月、政府の「若者・女性活躍推進フォーラム」にパソナの南部靖之代表が「有識者」として呼ばれた。
 ここで当時、自民党政調会長だった高市大臣はこう話していた。

「派遣業界については、パソナの南部会長がいらっしゃるから申し上げるのではないのですが、(私の事務所に)パソナから(スタッフが)継続的に来ていただいております。やはり契約がしっかりしている、はっきりしている」

 言うまでもなく、安倍政権が推し進めている雇用労働改革でボロ儲けするのがパソナだ。

 その裏ではASKAが出入りしていた豪華施設「仁風林」での政治家接待が露呈したが、パソナは有力政治家の事務所にも、“人”を送り込んでいたことになる。

■背後に安倍官邸のピリピリムード

 高市事務所によると、派遣スタッフは1人、後援会名簿の入力作業などを担当しているという。ところが、高市大臣の資金管理団体や政党支部の収支報告書を見ても、パソナとの具体的な金銭上のやりとりを示す記載は一切、出てこない。
 政治活動に関する支出の「不記載」は政治資金規正法に抵触する。昨年6月に本紙が高市事務所の会計責任者を取材した際の回答はこうだった。

「パソナへの支出は政党支部の報告書の『人件費』の項目に他の秘書やスタッフの給与と一緒に計上している。パソナにいくら支払っているか? 公開義務がないのだから、教える必要はない」

 高市事務所は2012年の衆院選の期間中も、「いわゆる選挙業務に関わっていないが、パソナのスタッフは事務所に常駐していた」と認めた。公職選挙法は選挙期間中の「国と請負契約の当事者」からの寄付の授受を禁じている。そこに追い打ちのようなポストの疑惑なのである。

 改めて本紙が前出の会計責任者に公選法違反の疑いを指摘すると、今度は態度を豹変させた。

「パソナ側は顧客情報の公開を良しとしていないので、紙面上に直接掲載することはご容赦願う」と条件をつけて、派遣スタッフの時給が記されたパソナとの契約書類などを本紙に見せた。ちゃんと、給与は払っている。寄付にはあたらないということだが、だったら、もったいぶることはない。
 高市大臣が疑惑否定にアタフタしているのは、安倍官邸がそれだけ追い詰められている裏返しに見える。高支持率なんて見せかけで、下村文科相の醜聞や行き詰まった基地問題や拉致交渉、アベノミクスへのいら立ちで、安倍官邸がピリピリしている。

 そこに新たな閣僚の醜聞は命取りになる。なるほど、“口利き疑惑”にもムキになるわけだが、もちろん、全面否定が墓穴を掘ることもある。

★彡佳子さまはなぜ学習院を中退したのか!? セクハラ、イジメ…名門校に不祥事続出
(c) LITERA 2015.04.08.

「大学のサークルはどうなるのか」「20歳になってお酒は飲んだのか」など、些細なことがニュースになるほど、日本中から注目の的となっている秋篠宮家の次女・佳子内親王。まさに「佳子さまフィーバー」といった状況のなか、「佳子さま」はこの4月、国際基督教大学(ICU)に入学した。

 学習院幼稚園に入園してから、初等科、女子中等科、女子高等科、そして大学と、学習院で学んできた佳子内親王。しかし、2014年8月に学習院大学文学部教育学科を退学し、同年10月にAO入試でICUに合格。2015年4月からICUの1年生として再びキャンパスライフを始める。

 これまで皇族といえば、学習院に通われることが当たり前だった。佳子内親王についてもそのはずだっただろうが、わざわざ大学を中退してまで、ICUに再入学という道を選ばれた。一体どうして学習院を中退したのだろうか?

「教育学科は小学校の教員資格を取るための学科です。もちろん佳子さまも教員資格を取ることは可能ですが、現実的に考えて、皇族の佳子さまが将来、教師になられることは難しい。そのため。周りのご友人たちとご自分との温度差を日に日に感じられるようになったようです」(秋篠宮家関係者)『女性セブン』2014年10月2日号より

 さらに、佳子内親王は母・紀子妃から「サークル禁止令」を出され、キャンパスライフをエンジョイすることもできず、学習院での大学生活に失望していく。そして、姉・眞子内親王の母校であり、もともと高校3年生の時に志望していたICUへの再入学を決意したというのだ。

 だが、佳子内親王だけのケースではなく、近頃は皇族の学習院離れが顕著になっている。

 たとえば高円宮家の長女・承子内親王は学習院女子大学に入学したものの、2005年に退学し、英・エディンバラ大学に入学。帰国後は早稲田大学に編入している。また、同じく高円宮家の三女・絢子内親王は学習院大学女子高等科を卒業後、城西国際大学に入学している。

 そして、佳子内親王の姉である秋篠宮家の長女・眞子内親王も、学習院女子高等科を卒業後、ICUに入学。また、佳子内親王の弟の悠仁親王は、学習院幼稚園ではなく、お茶の水女子大学附属幼稚園に入園。その後、お茶の水女子大学附属小学校に進学している。

 そもそも現在の学習院は、華族のための教育機関として明治初期に設立されたものだ。「華族」とは、江戸時代に公家や諸侯、大名だった人々に、新政府が与えた称号のこと。著述家・浅見雅男氏の『学習院』(文藝春秋)には、設立に至った理由としてこんな記述がある。

「天皇政権のもとで公家や大名だった華族が政治的な力を発揮できる余地はあまりなかったが、明治初頭の華族たちのなかには政治参加の意欲に燃えているものもいた。(中略)彼らにとって華族のための学校設立は、同族たちの存在価値を高めるためにも、早急に実現しなければならない事業だったのである」
 そして、天皇からの金銭的援助を受けたうえで1877年(明治10年)に学習院が設立。1884年(明治17年)より宮内庁所轄の官立学校となった。しかし、敗戦後の1947年(昭和22年)に「華族」という身分は消滅、学習院も私立学校として再出発することとなる。

 華族のための学校として機能していた学習院が戦後、私立学校になったということで、その在り方は大きく変化するわけだが、皇族の教育という点で重要な存在であり続けた。

「安倍(註:戦後、学習院院長になった安倍能成)は皇太子の長子浩宮徳仁親王(現・皇太子)が幼稚園に入る年齢になる一年前の昭和三十八年四月に、学習院幼稚園を開園させた。多くの皇族たちも通った学習院幼稚園(女子学習院付属。男女共学)は、戦後、廃止されたため、徳仁親王がどこの幼稚園に入るのかは注目されていたが、安倍は当然、学習院が引き受けるべきだと主張し、短時間での復活を実現させたのである」(前出『学習院』より)

 将来の天皇を通わせるために、幼稚園を復活させるなど、戦後になっても相変わらず「皇族が通うための学習院」という位置づけは変わらなかったのだ。

 しかし、ここ最近で一気に加速する皇族の学習院離れ。その背景には、不祥事の続出、学校自体の劣化が影響しているともいわれている。以下は、学習院の劣化を象徴する事件の数々だ。

 2000年、元学習院女子中・高等科科長が失踪し、埼玉県の山中で白骨化した姿で発見された。当時の報道によると、先物取引の失敗で多額の借金を抱えた末に自殺したものとみられている。

 2001年から2002年には、女子中等科で盗難事件が相次いだ。
「部活などでちょっと目を離した隙に、財布を盗まれる騒ぎが続きました。当時一年に在学中だった高円宮家の次女・典子さまもお金を抜き取られてしまいました」(学習院関係者)『週刊文春』2010年3月18日号より

 2003年、早稲田大学のサークル「スーパーフリー」の集団強姦事件で学習院大学1年生が逮捕、懲役6年の判決を受ける。

 2007年、初等科の男性教諭による児童に対するセクハラ行為が発覚する。
「その教諭はお気に入りの女子児童を“お姫様抱っこ”して記念撮影するなど、約8年にわたってセクハラ行為を繰り返していた」『女性セブン』2014年10月2日号より

 2009年5月には、その春に高等科を卒業したばかりの女性が、数学担当の若手男性教師に強姦されたと被害届を出している。最終的に男女のもつれとして被害届は取り下げられ、慰謝料での示談となったが、その教師は依願退職とした。
 また、初等科でのこんな騒動が報じられたことがある。2009年6月のことだ。以下は、初等科のある父兄の話だ。

「1年生のクラスで男子児童が後ろの席の女子児童にケガをさせてしまった。それもなんと、持っていた鉛筆で女の子の顔を傷つけて流血させてしまったのです」『週刊新潮』2010年3月18日号より

 そして、皇室と学習院の関係に決定打を与えたのが、愛子内親王の不登校問題だろう。

「学校関係者によると、(補足:愛子内親王のクラスの)隣組にはAくんを中心とする“悪童グループ”がいた。
 彼らは教室で副カバンと呼ばれる黒いサブバッグや結んだなわとびを投げたり、大声をあげたり、廊下を物凄い勢いで走ったりするなどの行動が目立ったという」『週刊新潮』2010年3月18日号より

「愛子さまがお友達と廊下を歩いていたら、いきなり前から首を絞められそうになったそうです。あまりのショックに愛子さまは硬直されていたといいます」(同学年の母親)『週刊文春』2010年3月18日号より

 この“いじめ”については事実関係がはっきりしない部分もあるが、愛子内親王はこれをきっかけに不登校となってしまう。

 秋篠宮が悠仁親王の進学先として、学習院ではなく、お茶の水女子大学附属幼稚園・小学校を選択した背景には、こうした問題があるのは想像に難くない。さらに、秋篠宮は、愛子内親王に対する指導の甘さに疑問を抱いていたとの声もある。

「授業中に愛子さまがおしゃべりしていても、叱られるのは周りの子供だったこともあったそうです。
 そういったことは紀子さまの耳にも伝わっていたようで、秋篠宮ご夫妻は“校風がまったく変わってしまった”なんて嘆かれていました」(秋篠宮関係者)『女性セブン』2014年10月2日号より

 中等科に進学してからも、愛子内親王に対する特別扱いは続いており、一部の上級生たちが学習院に抗議したとも報じられている。

 相次いだ不祥事、そして愛子内親王をめぐる問題と、教育の場としては問題ありと言わざるをえない現在の学習院。皇族が離れていくのも仕方ないことなのだろうか。
(田中ヒロナ)

☆彡特集終末期医療を考える 医師と僧侶が協働して「スピリチュアルペイン」に取り組む「西本願寺医師の会」の試み
(c) ヘルスプレス 2015.04.05.

「日本の医療現場に仏教の視点を取り入れよう」――。浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺、京都市下京区)の呼びかけで、今年2月8日に「西本願寺医師の会」が発足された。

 僧侶や門徒である医師たちが中心となり、患者が直面する生死の苦悩、いわゆる「スピリチュアルペイン」に対応し、患者に寄り添うことが目的だ。会員は102人(2015年3月16日現在)。医療現場で仏教の役割が十分に生かされるように、僧侶が常駐する仏教ホスピスの先駆的な医療機関も誕生した。伝統仏教教団の新しい試みを、3回にわたって紹介する。

医療も仏教も同じテーマで人間を支えている

 大分県の佐藤第二病院で院長を務める田畑正久医師は、「西本願寺医師の会」発起人の一人だ。偶然、仏教に出逢い、その後の学びの中で「医師も患者に寄り添う対話が必要」と痛感したことから、20年以上にわたって地域の寺で月に1回のペースで「歎異抄に聞く会」を開き、市民への法話を続けている。

 田畑医師を仏教の浸透へと突き動かしたのは、仏教の本質を教えてくれた、ある先生との出会い、そして医療現場でぶつかった「医師としての限界」だった。そして、壁を乗り越えた時に、医師と僧侶との取り組みを終末期の医療現場で実現したいと願うようになった。医療の現場で尽力しながら、一方で仏教を学び伝え続けてきた田畑医師の人生そのものが、「西本願寺医師の会」発足へとつながっていった。

 田畑医師が初めて仏教の教えに触れたのは、九州大学の学生の頃。ボランティア活動に魅かれて全日本仏教青年会に入り、福岡教育大学で教鞭をとる理学博士の細川巌教授(1919〜1996年)の仏教研究会の法話に参加した時だった。最初は「なぜ科学者が仏教なのか?」という好奇心から参加したが、やがて眼から鱗の発見をした。

「細川先生は、私たちは生まれたままだと卵の中にいるような存在であり、その卵の殻を『理知分別の殻』と表現しました。私たちは殻の中で、周りからいい人と思われたい、損はしたくない、負けたくないなどの善悪、損得、勝ち負けに振り回されているうちに老病死を迎えてしまう。卵のままでいると、いつか腐ってしまいます。本来、卵は親鳥に温められ、殻を脱してひよこになる。そのことが大事です。殻を脱したひよこが、やがて親鳥になる。卵が親鳥に温められることを仏教では『教えを聴く』と言います」

 細川教授は、殻を破るためには「親鳥の温もり」で育てられることが必要で、それが「仏の智慧をいただくこと」だと説く。

「『殻を破るため』というのが衝撃的でした。『殻を破って出てみたい。どうしたらいいですか?』という私の問いに、先生は『卵からひよこになるのは、よき師・友から教えを聞き、学ぶことが大切である。それが仏教だ』と教えてくれたのです。『まず1年間継続して聞いてみませんか』という先生の勧めで始めてから、40数年間経ちました」

 仏教を学び続けた田畑医師ではあったが、外科医として一人前になった30代後半の頃も、まだ仏教と外科医の仕事は別々のものだと思っていたという。そんなある日、埼玉医科大学の秋月龍民教授の出会いから、仏教と医療は、生老病死の四苦に取り組んでいること、同じことを課題にしていることに気づかされる。「人間は生まれた時から、生きていく上で老病死の四苦に出遭う。医療も仏教も同じテーマで人間を支えているという教えに、深い感銘を覚えました」と田畑医師は話す。

医療現場での"敗北感"を仏教が救ってくれた

 その一方で、当時、国立中津病院に勤務していた田畑医師、医療従事者としての大きな壁に突き当たった。

「手術で救ったがん患者も数年後に別のがんに侵され、最終的に死につかまってしまう。医療の敗北だと思いました。がんを手術で治し、再発したがんをまた手術して取り除いた。その後、再発して、亡くなる三日前に『だまされた』と言われたりする。多くの人は老病死をなかなか受け入れられず、時には病院や医師のせいにすることもあるのです」

 医療関係者の中には「病院に入ったら病気が良くなる」と言う人もいる。だが、「良くならない状態をどう乗り越えていくかについて、ほとんど教えてくれない」と患者から訴えが出てくる。気まずい雰囲気のまま患者が亡くなってしまう、といったケースもあるだろう。このことを田畑医師は、次のように語る。

「仏教は与えられた場を精一杯生き切ることで、老病死を受容する文化を教えています。その結果、『今』『ここ』を精一杯生きて、あとは仏教さんに『おまかせ』という生き方もあるでしょう。『生きているうちはお医者さん、死んだらお坊さん』という偏見をなくして、医師と僧侶が一緒になって協力して、一人一人の患者の老病死による苦悩に取り組み、患者に寄り添うことが大事です」

 老病死が人間の本来の自然な姿である以上、同じ課題を医師と僧侶がチームを組んで協働することの重要性を、田畑医師は力説する。

「欧米では、キリスト教のチャップレン(聖職者)が患者を訪問します。日本でも同じように、僧侶が病室を訪れる仏教ホスピス、ビハーラ活動も実現可能な文化になるとよいのにと思われます」

 浄土真宗本願寺派では、仏教ホスピスのことを「ビハーラ」と称している。田畑医師は、1990年にまず院内で毎週仏教講座を開設。さらに2000年には、志のある医療関係者で「ビハーラ医師団」を結成。「医療関係者に働きかけ、医療の現場に仏教を取り入れたい」と発言を続けた。

「患者の生死の四苦に関わる心のケアのために、患者からの要望があれば僧侶が病院に派遣されるという地域でのネットワークができると良いと思います。『死んだらどうなるのだろうか?』、『生きてきた意味はあるのか?』など、宗教的な課題の疑問を持ち、不安な患者たちに対応できる宗教者が、医療の現場で活動できることが大事だからです」

 医療に長年携わった医師の、患者を救いたいという情熱と願いが「西本願寺医師の会」で実現へと向かっている。田畑医師の精神が色濃く反映しているのだ。
(取材・文=夏目かをる)





★彡【週刊誌スクープ大賞 】パイロットが悲鳴!「給料は大手の7~8割なのに、フライト数は倍」LCCはブラック企業化してる!? 
(c) 日刊サイゾ~ 2015.04.06 月

今週の注目記事
第1位
「『選挙民に日本酒贈呈』をない事にした『稲田朋美』」(「週刊新潮」4/9号)
「高市早苗総務相実弟秘書官が関わった『消えた公庫の1億円』重大疑惑を追う」(「週刊ポスト」4/17号)
「浪速のエリカ様 国会サボってホワイトデー温泉旅行疑惑」(「週刊文春」4/9号)
第2位
「『報道ステーション』古葉茂明VS.古舘伊知郎 電波ジャック内ゲバ全真相」(「週刊文春」4/9号)
「大メディアを鷲掴み『安倍官邸』剛柔のカギ爪」(「週刊新潮」4/9号)
「古賀茂明はなぜ怒ったのか『腰抜け』古舘伊知郎に告ぐ!」(「週刊現代」4/18号)
第3位
「上重聡アナ有力スポンサーから『1億7千万円マンション』利益供与」(「週刊文春」4/9号)
第4位
「安倍VS.翁長『沖縄辺野古決戦』の壮絶暴力現場」(「週刊ポスト」4/17号)
第5位
「初めて明かされるマツコ・デラックスの素性」(「週刊現代」4/18号)
第6位
「ドイツ機事故で世界が震撼 LCCは本当に危険なのか?」(「週刊文春」4/9号)
「150人死亡ドイツ機パイロット『うつ病道連れ自殺』説に専門医から異議あり」(「週刊ポスト」4/17号)
第7位
「NHK『クロ現代』やらせ告発者がBPO申し立てへ」(「週刊文春」4/9号)
【番外】今週のセクシーグラビア対決の勝者はどこだ!
 今週は、現代が袋とじ「女優たちのスクープ・ヌード傑作選」と「由美かおる ベストセレクション」。ポストは、袋とじ「祥子の事」と林檎ヌードの「麻田奈美 23歳の温泉宿」。どちらもマンネリ感は否めない。
 そこで、少し変わり種を紹介しよう。アサヒ芸能で「2015アサ芸 AVアカデミー賞」を発表している。約2万本から選んだというが、最優秀主演女優賞は波多野結衣。圧倒的な出演本数と濃厚なエロスが魅力だそうで、代表作は『卑猥に絶句、果て無き性欲の虜。波多野結衣』(TEPPAN)。
 最優秀作品賞は『西田カリナの完全拘束・服従緊縛』(h.m.p)。美少女が縛られるだけで、こんなにも興奮するとは……だそうだ。
 2月に覚せい剤所持で逮捕された小向美奈子に特別功労賞が与えられている。11年のAVデビュー作は20万本も売れたそうだ。代表作は『ぶっかけ中出しアナルFUCK』(ムーディーズ)。
 現代でも「アダルトビデオの誕生」をやっているが、アサ芸のほうが実用的である。今週はアサ芸のココロだ~ッ。
 先週、文春が報じたNHKの報道番組『クローズアップ現代』のやらせ問題では、「番組中で詐欺のブローカーと紹介された大阪府在住の男性(50)が1日、『ブローカーをしたことはなく、犯罪者のように放送されたことに憤りを感じる』としてNHKに訂正放送を求めたことを明らかにした」(産経新聞 4月2日付より)
 やらせを頼んだとされるNHKの記者は、今週の文春によると、すでに職場復帰し取材にも出ているそうだ。
 しかし、籾井勝人会長が定例記者会見で、この問題について局内に調査委員会を設けて、事実関係や表現のあり方を検証すると語ったから、検証の結果次第では厳しい処分になるかもしれない。
 6位はドイツのLCC(格安航空会社)の事故についての記事。事故の原因は、重度の精神疾患を患う副操縦士による意図的なものだったとの見方が強いようだ。このジャーマンウイングス社では精神面のチェックは採用時だけで、この副操縦士は通院していて、事故当日も「就業不可」という診断書をもらっていたのに会社に報告していなかったというのだから、ひどい話だ。
 文春によれば、このような操縦士による意図的な墜落事故は珍しいものではなく、「最近だと、一昨年十一月のモザンビーク航空の墜落や、昨年三月にレーダーから消えたマレーシア航空370便も、意図的な操縦が原因と見られています」(航空評論家・杉江弘氏)。操縦士が現状に不満を持っていたり、労働環境の問題が背景にあるというのだ。

日本でも次々にLCCができているが、安全面は大丈夫なのだろうか。杉江氏によると、LCCは「ブラック企業化」しているという。給料は大手の約7~8割で、1日にこなすフライトは大手が2~3回なのに、4~5回になることがある。

 休憩時間もほとんど取れないから、疲労やストレスがたまりやすいために定着率が低く、操縦士不足のために十分な訓練時間を確保しにくいという構造的な問題があるとも指摘する。

 しかし、日本の安全基準はまだまだ厳しく、指定医による「航空身体検査証明」の取得も義務付けられており、有効期限は1年間で、60歳以上の機長だと半年だという。

 一方ポストは、ドイツ機パイロットがうつ病で、搭乗客を道連れにしたという説に「異議あり」だといっている。『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院刊)の監訳者で、精神科医の大野裕氏がこう語っている。

「一般的には、うつ病患者は自分を過度に責める傾向がある。そのため他者を道連れにすることは極めて稀なケースだと考えられます。副操縦士がうつ病か否かは、これらDSMに挙げられた症状が見られたかを注意深く判断する必要がありますが、現状伝わってきている報道だけでも、これらの症状と相容れない点があります。特に見過ごせないのは“複数のハーフマラソンを完走していた”という情報です。ハードなマラソン競技に出場し、ゴールするには強い精神力と前向きな気持ちが必要です。彼がうつ病の症状に苦しむ患者だとしたら、その疲労感や気力減退、不眠・仮眠などは日常生活に支障が出るほどのものでしょう。ハーフマラソンに出場するほどの気力を持ち得ることは考えにくいように思います」

 こうした意見があるのだから、一方的に決めつけないで、十分な検証がなされなければならないはずである。

 先の杉江氏は、より安全なLCCを選ぶには、国土交通省のHP「航空輸送の安全にかかわる情報」欄を見てからにしたほうがいいと話している。ここには操縦士の訓練不足や整備に手抜きなどについての行政指導や注意が一覧になっているそうだが、飛行機が無事目的地についても、今度はいつテロに襲われるかもしれないと思うと、海外旅行がどんどん遠くなっていく気がする。

 お次は、現代のマツコインタビュー。

 歯に衣着せぬ物言いと独特の切り口でテレビからひっぱりだこのマツコ・デラックス(42歳)だが、意外に彼女(?)の素顔は知られていないようだ。

 現在、マツコはレギュラー番組9本を抱えているという。

 あまり週刊誌のインタビューに出てこないマツコが出てきたのは、現代がマツコの母親に接触したことに憤りを感じたからだそうである。

「なんで親への取材にこんなに過剰に反応するのかって? あのさあ、オカマの親なんだよ。綺麗な女優さんの親じゃないの。私は何を言われても構わないけど、両親がとやかく言われることだけは絶対に許せない」

 そう言って、自分がゲイだと意識したことから語り始める。

「自分がゲイなんじゃないかと気づいたのは、物心がついたときから。女の子と付き合ったりしてみたけど、やっぱり違った。でもゲイであることを、あえて表に出すようなことはしなかったわ」

「今でも連絡を取り会う友達は一人もいない。(中略)学生時代の私は、学校が終わると家に帰ってずっとテレビを見ていた。だからテレビが大好きなの。私の人格はテレビが作ったといってもいい」

 マツコのいいところは、自分を客観的に見ているところであろう。

「私は自分が楽しく生きようなんて思っていないのよ。だってこんな化け物が画面にさらされて、不快な思いをしている人たちだっているんだから。(中略)今、幸せかどうか問われれば、それは幸せですよ。一緒に真剣勝負してくれるスタッフがいて、私を必要としてくれる人がいる。これは引き籠もっていた時、自暴自棄にもなったけど、そこで腐らずに、誰も見ていなくてもやり続けた結果だと思う。(中略)
 私だっていずれ飽きられる日が来ることはわかっている。だけど、だからといって、そのために保険かけて、予防線を張って生きていくつもりはないの。前に向かって突っ走っていくしかないのよ。今、私を見つけてくれている人たちのために、感謝しながらね」

 私はほとんどマツコをテレビで見たことはない。少し前にテレビに出まくっていた細木数子という占い師に似ているようで、うさん臭さが鼻について見る気にならないのだが、このインタビューを読んでからは、一度ゆっくり彼女の話をテレビで聞いてみたくなった。
 ところで、ようやく実現した菅義偉官房長官と沖縄県の翁長雄志知事による会談は、厳しい空気に包まれたという。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の辺野古移設への理解を求める菅氏に、翁長氏は口を極めて反論して、対立は収まりそうにないようだ。

「翁長氏は辺野古移設を『唯一の解決策』とする菅氏に徹底的に反論した。菅氏が辺野古移設の根拠とした『普天間の危険性の除去』については、『普天間も含めて基地は全て強制接収された。普天間は危険だから、危険除去のために沖縄が(辺野古で)負担しろと。こういう話がされること自体が、日本の政治の堕落ではないか』。70年前の沖縄戦で奪われた土地を返してもらうために、なぜ沖縄が基地を提供するのか、と問いかけた」(4月6日のasahi.comより)

 週刊誌では珍しく、ポストが沖縄を取り扱っている。

「普天間飛行場の辺野古移設に反対する市民や活動家と、移設工事や調査を整備する海上保安庁や沖縄県警の間での実力闘争が激しさを増している」(ポスト)

 ポストもやはり、基地移設が遅れてアメリカが怒ると日本の国防が危うくなるという主張には嘘があるとする。自衛隊幹部OBがこう言う。

「辺野古基地に駐留するのは海兵隊。海兵隊は敵地の海岸へ強行上陸するための部隊で、国土を防衛する目的もなければ、能力もない。国防の喫緊の課題である尖閣諸島など島嶼部防衛にも役に立たない」

 ポストによれば、小泉政権時代に決められた在日米軍の再編合意には、島嶼部への侵略に対処するのは日本、つまり自衛隊の責任であることが明記されている。尖閣有事に際し、辺野古に米海兵隊がいても出動することはないのだ。“日本の安全を守るため”というお題目は崩れていると指摘する。

 また「辺野古移設は日本側の利権の話であって、米軍側の要請でもなければ、国防とも関係がない」(当時の官邸スタッフ)のである。

 米大使館関係者もこう話す。

「安倍政権は我が国が喜ぶと思って辺野古も安保法制もTPPも進めているが、そんなことは望んでもいない。よほど4月末の訪米と首脳会談を実現したかったのだろうが、一方的でピント外れのラブコールにオバマ大統領は困惑している」

 ポストはこう結んでいる。「タカ派を気取る安倍首相は、飼い主にも疎まれる哀れな米国ポチでしかない」。私は沖縄から日本が変わっていくと考えているが、翁長知事の頑張り一つで、安倍政権は脆くも……という可能性が出てくるのではないか。

 このところ、テレビ局の不祥事が続発している。

 これも文春発だが、日本テレビのエースといわれる上重聡アナ(34)が、有力スポンサーから1億7千万円もするマンションを「利益供与」されていたと報じている。上重アナは、高校時代PL学園のエースとして活躍し、横浜高校の松坂大輔と延長17回の死闘を繰り広げたことで知られる。

 立教大学でも野球を続けていたが、ケガや故障に悩まされプロ入りを断念してアナウンサーを目指したという。

 03年に日テレに入社してスポーツ中継などを担当していたが、09年に中山秀征がメインのMC『おもいッきりDON!』のサブ司会者に抜擢されてから頭角を現し、この春の番組改編で『スッキリ!!』の総合司会になったばかりだ。

 スポーツマンの爽やかさが魅力なのだろう、モデルの安座間美優(28)と交際しているそうだ。

 その爽やかアナに、とんでもないスキャンダルが発覚した。まずは日テレの社員就業規則にある「自家用車での通勤を禁止している」ことへの違反。それも2,000万円はくだらないという純白のベントレーを、新橋の裏通りに路上駐車していたところを、文春にバッチリ撮られてしまったのである。

 しかも、このクルマの所有者は上重ではなく、靴の小売りメーカーABCマートの元会長・三木正浩氏が代表を務める資産管理会社のものなのだ。
 上重アナが住んでいるのは、港区のタワーマンションの最上階。広さは126平米もある角部屋で、「不動産登記によると、上重アナは昨年三月三十一日にこの部屋をABCマート関連会社の役員から購入しているが、その際、一億七千万円もの大金を、三木氏から“無利子”で借りているのだ」(文春)という。

 三木氏は文春に対して、マンションは自分が紹介して、ローンは月々、三木氏に支払っていると話している。だが、日テレのコンプライアンス憲章を持ち出すまでもなく、有力スポンサーからこれほどの便宜供与を受けるなど、社員としても問題ありだが、情報番組のアナウンサーとしては失格であろう。

 日テレは、女子アナに内定していた女性が銀座でアルバイトをしていたことが発覚して、「清廉性」に欠けるとして内定を取り消し、騒ぎになったばかりである。

 上重アナのやっていることは間違いなく清廉性に欠けるはずだから、日テレ側がどのような判断を下すのだろうか。

「日本テレビの上重聡アナウンサーが3日、司会を務める朝の情報番組『スッキリ!!』の番組冒頭で視聴者に謝罪した。上重アナは『私のプライベートな交友関係において、個人的なご厚意に甘えたことにより、多くの方に疑念を抱かれるような結果になってしまいました。深く深く反省しております』と謝罪。続けて『今後は視聴者の皆さんに信頼されるアナウンサーになるべく精進してまいりたいと思います』と頭を下げた」(asahi.com4月3日より)

 謝れば済む話ではないと思うのだが。

 テレビネタが続く。3月27日、テレビ朝日の『報道ステーション』で古舘伊知郎と元経済産業省官僚でコメンテーターの古賀茂明氏が番組内で口論になったことが波紋を呼んでいる。

 安倍政権に批判的な発言を繰り返してきた古賀氏がこの日を最後にコメンテーター降板となったわけだが、それはテレビ朝日の早河洋会長や古舘プロダクションの佐藤孝会長の意向によるものであると突然、番組中に語り始めたのだ。

 私は後からYouTubeで見たのだが、この動画はテレビ朝日側からの要請で削除されたようである。だいたい、以下のようなやりとりがあった。

古賀「ちょっとその話をする前に。わたし、今日が最後ということで、テレビ朝日の早河(洋)会長とか、あるいは(制作協力している)古舘プロダクションの佐藤(孝)会長のご意向でですね、わたしはこれが最後ということなんです。これまで非常に多くの方から激励を受けまして。で一方で、菅(義偉)官房長官をはじめですね、官邸のみなさんにはものすごいバッシングを受けてきましたけれども、まあ、それを上回るみなさんの応援のおかげでですね、非常に楽しくやらせていただいたということで、心からお礼を申し上げたいなというふうに思います。本当にありがとうございました」

古舘「古賀さん、ちょっと待ってください。ちょっと待ってください、古賀さん、待ってください。今のお話は、私としては承服できません。古賀さんは金曜日に、時折出てくださって、大変私も勉強させていただいている流れの中で、番組が4月から様相が変わっていく中でも、古賀さんに機会があれば、企画が合うなら出ていただきたいと相変わらず思ってますし」

古賀「それは本当にありがたいことです。もし本当であれば、本当にありがたいです」

古舘「古賀さんが、これで、すべて、なにかテレビ側から降ろされるっていうことは、ちょっと古賀さんそれは、違うと思いますよ」

古賀「いや、でも、古舘さん言われましたよね、『私がこういう風になるということについて自分は何もできなかった、本当に申し訳ない』と」

古舘「もちろんそれは、この前お話したのは、楽屋で、古賀さんにいろいろ教えていただいている中で、古賀さんの思うような意向に沿って流れができてないんであるとしたら大変申し訳ないと私は思っている、今でも……。しかしさっきのはちょっと極端すぎる」

古賀「録音させていただきましたので、もしそういうふうに言われるんだったら、全部出させていただきますけれども」

古舘「いや、こちらもそれを出させていただくってことになっちゃいます、古賀さん」

古賀「いいですよ」

 古舘の慌てようが滑稽であった。この古賀発言に対して賛否が分かれているようだ。

 その見本は、文春と新潮である。文春は古賀発言を「暴走」ととらえ、菅官房長官の「事実に反するコメントだ。(中略)放送法があるので、テレビ局がどう対処されるかを見守りたい」という発言を次に持ってくる。
(明日に続く)

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Commented by amenbou at 2015-04-15 15:29
ノドが痛くてなかなか寝付けない。風邪ではない。雨の中、造幣局の通り抜けに行き、帰り道に居酒屋A店で飲食し、J店で1時間カラオケをやったためだ。最後がいけなかった。4~5人でカラオケに行ったら2時間やっても曲がまわってくる回数も少なくなるけど、2人だったので1時間の殆どマイクを握っていたためだ。イソジンが苦手なのでアルペンでうがいをする。
Commented by amenbou at 2015-04-15 15:30
居酒屋A店では、桜鯛刺身、鰤の白子と卵、空豆、若竹煮、公魚の南蛮漬、キャベ味噌。連れはシラス丼も。いつも美味しい。
Commented by amenbou at 2015-04-15 15:31
造幣局の通り抜けは、雨天で寒かったので人出は少なかった。大川沿いには露店が左右に数百店居並ぶ光景は圧巻である。これほどの数は全国一ではなかろうか? でもいずれもお客が少なくて閑散としていた。「テキヤ殺すにゃ刃物はいらぬ。雨が三日も降ればいい」とは寅さんの言葉だが、まさにぴったりくる光景だった。先日、猪野健治の『テキヤと社会主義』(筑摩書房刊)を読んだし、叔父がテキヤだったし、たこ焼きでも食べようかと物色するも、何れも売れてないので焼け過ぎのカチカチだ。たこ焼きはやはり「外カリ、中トロ」を信条としているため申し訳ないが断念した。
Commented by amenbou at 2015-04-15 15:31
今朝は風呂で森達也の『悪役レスラーは笑う「卑劣なジャップ」グレート東郷』(岩波新書)を読む。もう10年前の本だった。グレート東郷は、本名がジョージ・カズオ・オカムラという日系二世のプロレスラーで、1922年生まれだったと記されているから亡父より一つ上だったのだ。昨今はプロレスが廃れて久しく、CSテレビしかみれないという偏った御時世なので、グレート東郷を知らない人が多数かもしれない。ぼくはグレート東郷と小学校時代の虐められっ子だった「奥くん」とがダブル。「チビ」で「デブ」で、おまけに勉強ができなかったから虐めのターゲットにされたのだ。ぼくも「チビ」だったが、学年で五本の指に入る成績だったし、すばしこくて喧嘩も強かった(五人きょうだいの四番目で揉まれていた)ので虐められる側ではなかった。(つづく)
Commented by amenbou at 2015-04-15 15:32
林海象さんのタイムラインでドライマティーニを飲んでいるという画像を見てしまい、つられて朝っぱらからドライマティーニを飲む(オリーブの買い置きなし)。つまみはローストピーナッツだ。三条河原町の一本さがった路地にあったカウンター席だけの小さなバー「りら亭」(加藤登紀子の『時代おくれの酒場』のモデル)で覚えた飲み方だ。酒は三楽オーシャンのハイボールで、つまみはローストピーナッツとジェリービーンズ。修行時代に土方鉄、師岡佑行、藤田敬一、前川む一というウルサ型の先生方に連れていかれ、席がないと藤田のオッサンとカウンターの中に入ってマスターと並んで立ちながら呑んだのだ。
Commented by amenbou at 2015-04-15 15:32
それにしても力道山時代(グレート東郷も)のプロレスは見せるのがうまかったというか面白かった。銀髪鬼のフレッド・ブラッシーは噛みつき魔で、吸血鬼ドラキュラのイメージを重ね、リングに登場する際はヤスリで歯を研ぐパフォーマンスをした。“お化けカボチャ”カルフォーンはデブ過ぎて動きが鈍くて話にならなかったため、専らリング外で鎖に繋いだ大型バスを引っ張り怪物ぶりをアピールした。卑怯な覆面レスラーはミスターXで、覆面の額にビール栓を隠していて、それで力道山に頭突きした。された力道山も痛いだろうがやる方のミスターXも痛かっただろうに。(つづく)
Commented by amenbou at 2015-04-15 15:33
力道山時代はレフリーさえ演技者だった。メーンイベントのレフリーといえば沖識名という人で、スリーカウントで破れた側がいつも怒って沖レフリーの着ているシャツを破るのである。これもいつもの約束事だったので、沖識名は破れ易いシャツを着ていたというわけだ。(つづく)
Commented by amenbou at 2015-04-15 15:33
後藤 聡 与那原出身でハワイ育ちの沖識名だ。本名は識名盛雄。戦前、米国で強豪レスラーとして名をはせていた。1952年、力士から転向した力道山をハワイで特訓する。毎日、一緒に砂浜を走り込み「太いおなかをいい体にした」と晩年語っている(鳥越皓之著『沖縄ハワイ移民一世の記録』)
▼その後、来日し、師弟はプロレス界発展に尽くす。沖識名が連れてきたシャープ兄弟と力道山との一戦は語り草になっている。50代以上にとっては、20年間務めたレフェリー役の方がおなじみかもしれない。悪役びいきの演出が観客を沸かせた
▼生まれ故郷への思いも強い。敗戦直後、荒廃した沖縄を助けようと、ハワイで救援募金のレスリング大会を開き、救済運動に奔走する。熱い支援を続けた
▼引退後はホノルルで余生を過ごし、83年、79歳の生涯を閉じた。くしくも力道山と同じ命日だった。没後30年。日米沖のために一肌脱いだ沖識名。今、基地をめぐる3者の攻防を見て、誰を悪役とジャッジするだろう。
Commented by amenbou at 2015-04-15 15:34
後藤 聡
上記、2013年の琉球新報記事。ゆなばるんちゅ、だった。
Commented by amenbou at 2015-04-15 15:34
後藤さん、ありがとうございます*\(^o^)/*
Commented by amenbou at 2015-04-15 15:38
渕本稔
思い出します。私も、前川む一さんに連れられて行きました。
Commented by amenbou at 2015-04-15 15:38
橋本 猛
河原町三条二筋下ル東入ル北側でしたね。いい酒場でした。
by amenbou | 2015-04-15 00:00 | ニュース・メディア・映画 | Trackback | Comments(12)

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