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☆彡★彡☆彡2015年5月1日★彡☆彡★彡

☆彡百田尚樹も尊敬する元零戦パイロットが安倍首相を批判!「戦前の指導者に似ている」と
(c)LITERA 2015.04.24.

 4月3日、米「ニューヨーク・タイムズ」に、第二次世界大戦時、零戦のパイロットだった男性のインタビューが掲載された。原田要さん、98歳。元大日本帝國海軍エースパイロットである。

 原田さんは真珠湾攻撃では上空直掩隊として艦隊上空を警戒し、セイロン沖海戦、ミッドウェー海戦に参加。ガダルカナル島の戦いで撃墜され、重傷を負いながらも帰国し、教官となって終戦を迎えた。総撃墜数は19機。自らの経験を記録したいくつかの著書を残している。

「Retired Japanese Fighter Pilot Sees an Old Danger on the Horizon(元日本人戦闘機飛行士は差し迫った古い危機をみる)」──そう題された「ニューヨーク・タイムズ」の記事は、長野で行われた原田さんの講演会の描写から始まる。彼はゆっくりと壇上に上がると、セピアに色あせた写真を掲げたという。それは、革のフライトジャケットを着込んだ、若かりし頃の自分の姿だった。そしてこう語った。

「戦争ほど恐ろしいものはありません」
「私は、あなたたちに私自身の戦争体験を伝えたい。若い世代に、私と同じ恐怖を体験させないために」

 講演会のあと、原田さんは「ニューヨーク・タイムズ」のインタビューに応じている。

「私は零戦のコックピットから戦争を見ました。いまだに私が殺した兵士たちの顔はよく覚えています」
「戦場でのかつての敵兵もまた、私たちと同じように父であり、息子なのです。彼らを憎んだり、知りもしないでいることはできません」
「戦争は人間から人間性を奪うのです。全くの他人を殺すか、殺されることを選ばざるをえない状況に置かれることによって」
「私は気がつきました。戦争が、私を人殺しへと変えてしまった。私はそうありたかったわけではないのに」

 人を殺したくない、そう思っていても、人を殺してしまっている──戦場の現実を知る当事者の言葉は、重い。記事には書かれていないが、原田さんの著書『最後の零戦乗り』(宝島社)には神風特攻のエピソードも記されている。
 1943年1月、原田さんは霞ヶ浦航空隊に教官として着任し、海軍兵学校出身者3名を受け持つことになった。そのなかの一人が関行男大尉(2階級特進後、中佐)だった。初の神風特攻により、レイテ沖海戦で戦死した軍人である。そして、原田さん自身もまた、霞ヶ浦航空隊にいたころ、「参謀肩章を付けたお偉いさん」から特攻の志願を促されたことがあったという。ガダルカナルでともに死の淵に立った戦友は、「命令されたら仕方がない。こうなったら俺は志願するよ」と言って、戦死した。原田さんは「俺はいやだ」と志願しなかったと書いている。

〈ミッドウェーでの「巻雲」での経験、ガ島から病院船での出来事、とにかく私は、
「命を大事にしなくては」
 と、最後まで、命はむだにしちゃいけないと思っていた。〉(『最後の零戦乗り』より)

 ──このエピソードを聞いて、なにかを思い出さないだろか。海軍のエースパイロット、教官に転身、「命を大事に」。そう、百田尚樹『永遠の0』の主人公、宮部久蔵である。原田さんと宮部久蔵は、操縦練習生出身という点でも同じだ。

 実は、百田と原田さんは少なくとも一度、会って話したことがあるらしい。『永遠の0』出版後の2010年に、百田はツイッターでそのことをつぶやいていた。実際、そんな縁もあり、前出の『最後の零戦乗り』の帯に百田が推薦文を寄せている。

 原田さんは、百田に会ったときに「(主人公の宮部は)いろいろな零戦搭乗員の話を聞いてから作った、ひとりの偶像です。このなかには原田さんも入っています」と聞かされたという。しかし、安倍首相を礼賛し、タカ派発言を連発する百田とは対称的に、原田さんはインタビューのなかで、安倍首相の歴史認識や戦争への考え方に対して、こう「鋭いジャブ」を入れている。

「安倍首相は必死で日本の戦争放棄を取り消そうとしたがっているように見える」、そして、「戦後の長い平和がひとつの達成であったということを忘れているように思えてならない」と。

 積極的平和主義の名の下に、日本を再び「戦争ができる国」にしてしまった安倍首相。その口から常日頃飛び出すのは「有事にそなえて」「中国の脅威は予想以上」という国防論だ。そこからは、原田さんが語る「全くの他人を殺すか、殺されることを選ばざるをえない状況に置かれる」「戦争が、私を人殺しへと変えてしまった」という生々しい血の匂いと、背負うことになる罪の重さは、まったく感じられない。
 原田さんはインタビューで、「安倍首相ら最近の政治家は戦後生まれだから、どんな犠牲を払ってでも戦争を避けなければならないということを理解していないのです」と語り、そして、こう続けている。

「その点で彼らは戦前の指導者たちと似ているんです」

 戦後、眠れないほどの悪夢に苦しめられたと語る原田さん。夢のなかで彼が見続けていたのは、自分が撃墜したアメリカの飛行士たちの怯える顔だった。自身の戦争体験をようやく語れるようになるまでに、何年もの時がかかったという。

 記事は、原田さんのこんな言葉で締めくくられている。

「私は死ぬまで、私が見てきたものについて語りたいと思う」
「決して忘れないことが子どもたち、そして子どもたちの子どもたちを戦争の恐怖から守る最良の手段なんです」

 安倍首相や百田に、その「恐怖」は想像もできないらしい。
(梶田陽介)

★彡防犯カメラに不審者も…寺社“油まき犯”が捕まらないなぜ?
(c)日刊ゲンダイ 2015年4月29日

 各地の寺社に油のような液体がまかれた事件。発覚からはや1カ月経つが、被害は全国11府県に拡大している。

 今月26日には、大分県宇佐署が、国宝の宇佐神宮境内にある「亀山神社」のさい銭箱など約20カ所に油のような液体がまかれていたと明かした。27日には、世界文化遺産の清水寺の国宝の本堂西側の床、本堂正面のさい銭箱付近など3カ所で油のような液体の跡が見つかっている。

「事件発覚の発端となった奈良県では、被害に遭った県内19寺社中4社で同一の動植物性油脂成分が検出された。いずれの寺社でも、発火性が強いガソリンや灯油などは確認できていません。また、県内の4つの寺の防犯カメラに写った男に似た人物が、千葉県成田市の成田山新勝寺、香取市の香取神宮のカメラにも写っており、関連性を調べています」(捜査事情通)

 不思議なのは、手口が単純なのに捜査が難航していることだ。犯人の目的もナゾ。防犯カメラの解析にも時間がかかっている。一体なぜなのか。

「世の中の事件の大半は人間関係の恨み、トラブルによるものです。『人間』が介在しない流しの事件は、証拠も犯人も見つけにくい。連続事件の場合、『リンク分析』と呼ばれる手法で同一犯によるものかどうかを解析します。一連の事件は手口が似ていますが、被害が全国に広がっており、成分や油の種類を出すにも、量が少ないと分析は難しい。まき方のパターンも調べなくてはなりません」(法大の越智啓太教授=犯罪心理学)

 特定の宗派を狙っているわけでもないし、食品や洗剤に含まれる動物性油脂をまくという“地味”な犯行なのも、捜査をかく乱させているようだ。

「愉快犯は、手口が派手で、マスコミに騒がれて目立ちたいという心理で行動にうつす。目的が見えないまれなケースです」(前出の越智啓太教授)

 被害を受けたのは、国宝級の寺社ばかり。“軽犯罪”ではないのだが……。

☆彡安倍政権のJA改革、金で決着?「100万円が3200万円になる」水面下で反対派を懐柔
(c)Business Journal 2015.04.25

 安倍晋三首相が執念を燃やす、農業協同組合(農協)の改革案が2月にまとまった。全国農業協同組合中央会(JA全中)に対する最終的な落としどころは、販売部門である全国農業協同組合連合会(JA全農)の株式会社化と上場による「巨額の利益保証」だったようだ。

 農林水産省出身の国会議員は「JA全中の萬歳章会長らは、内憂外患で改革をしなければならない現状は理解している」と断言する。これまでの政策変更により、農協は電機業界を中心とする企業の農業参入や減反廃止などに対応せざるを得ず、効率化のための策定を迫られている。

 また農協は、JA全農を通さずに、インターネット通信販売やスーパーマーケットとの直接取引を行う生産者の増加という、頭の痛い問題も抱えている。売り場では「生産者からの手紙つきの野菜」として個人名が書かれたりするもので、「価格が多少高くても、味のよさや安全性や信頼性の高さを理由に購入する消費者が多い」(大手スーパー関係者)といい、JA全中やJA全農は全国の農家から対応策を求められている。

 そういった厳しい現状で農協改革案を突きつけられただけに、萬歳会長らも受け入れざるを得ないわけだ。しかし、現場である農家は、今回の改革によって直接的かつ合理的なメリットを得られる見込みがない。地域の農協有力者らの反発は必至だ。

 農業の現場の状況を把握し、水面下で根回しに動いてきたのは、世耕弘成内閣官房副長官ら与党幹部であり、財務省だった。「JA全農を株式会社にする」と訴え、その直接的なメリットとして「のちの上場益の保証」を説いて回った――というわけだ。関係者が明かす。

「世耕氏が議員になる前に勤務していたNTTは、1987年に上場し、額面5万円の一株の初値が160万円にもなった。資本金はNTTの7500億円に対し、全農の規模なら1兆円もあり得るため、この額なら100万円を出資する個人株主が100万人できる計算になります。世耕氏らは、こういった説明を各所で行いましたが、『100万円で買った全農株が、上場初日に3200万円になる』との説明には、反対していた人ですら顔色を変えたものです」

 関係者によると、世耕氏や財務省は、JA全中専務理事を務めていた山田俊男参議院議員らを通じ、「さまざまな方法で、地域農業の代表者たちが全農株を持てるようになる」とも伝えたという。

 まさに「地獄の沙汰も金次第」ということだろう。この懐柔策が功を奏し、今回の安倍政権による農協改革案は「JA全中が認めた」との印象を世間に与えた。すでに財務省などは、JA全農の株式会社化と上場時期、株の割り振り先について検討を始めているという。
(文=編集部)







★彡出稼ぎで日本に来る娼婦たちの厳しい現実『娼婦たちから見た日本』を読む
(c)東洋経済 2014年09月13日

娼婦。その存在はいつの時代も様々な点で男たちを惹きつけてきた。実直な青年と高級娼婦の愛を描いたデュマ・フィス著『椿姫』や映画『プリティーウーマン』などの作品に私も惹きつけられた。これらの作品に出てくる娼婦は、自堕落な生活を送りながらも本当は純真な心を奥底に秘めた哀れな社会の犠牲者として描かれていることが多い。

多かれ少なかれ、男というものは女性に対して神秘的なものを感じている。金銭の対価として、その美しい肉体を差し出す女性たちに男は下卑た視線を向けながらも、彼女たちがその神秘性と、可憐で清らかな心を失わずにいて欲しいと願っている。

だが、このような虚像をはぎ取った実際の娼婦とはどんな人々なのであろうか。本著は日本に関わる娼婦たちを日本国内に限らず、タイ、チリ、シンガポール、インドネシアと世界各地で取材した力作である。

家族のために異国の地へ

単純に言ってしまえば、彼女たちが苦界に身を沈めたのは貧困のためだ。横浜の黄金町界隈で、たちんぼうしていたタイ人娼婦ユリは肺を悪くした高齢の父と産後の肥立ちの悪い妹を養うために日本で体を売る。同じくタイ人娼婦ワラポンはエイズに感染し、病気の末期には高熱で憔悴しきった体を引きずりながら新宿や横浜の界隈に立ち、仕送りを続けた。日本で命を引き取る瞬間までお金を送らねばと言い続けたという。「家族のため」それが彼女たちに共通する思いだ。娘を異国の地の男たちに差し出して、その金で暮らす親や兄弟とはどんな人々なのかと感じてしまう。むろんそれは私たちが恵まれた社会に生きているから感じることなのかもしれないが。

著者も気になったのであろう。ワラポンの実家を訪ねている。かなりの額を送金していたはずのワラポンの実家の中には、家財道具などがほとんど見られず、母親が極貧のままで暮らしていた。ワラポンが送った金はどうしたのかと著者が尋ねると「宝くじを買ってなくなったんだよ」と答えたという。娘が文字どおり命を削って仕送りしていた金は、ギャンブルに消えていたのだ。この言葉の中に貧困というものが抱える闇の深さがうかがえる。

著者は家族のために身を売る娼婦を訪ね、日本を飛び出し、東南アジア各地を巡る。それは明治、大正という時代に娼婦という方法で家族を養った、「からゆきさん」と呼ばれる日本人娼婦の足跡を訪ねる巡礼の旅でもあった。

明治、大正時代に海外で体を売り家族を支えたからゆきさんたちは、家族を支えるとともに貴重な外貨を日本にもたらしてくれる存在でもあった。日露戦争時には多くのからゆきさんが膨大な額の献金を日本政府におこなっている。現在の金額で100万円もの献金をする女性も少なくなかったという。しかし、日露戦争に勝利した日本が大国への道を歩み続ける中で、次第に彼女たちの存在は国家の恥としてとらえられ醜業婦と揶揄され始める。

「国策に娼婦は殺された」

日本政府も各地に根を張り生きる日本人娼婦を撲滅する政策をとる。貧しい農村部の経済格差の問題を改善することなく断行されたこれらの政策により、娼婦たちの多くが生きるすべを奪われ、東南アジアの闇の中に融けて行った。本著の目次にもあるように「国策に娼婦は殺された」のである。

この現象は今でも変わらない。著者が取材を始めた10年以上前に存在していた国内の売春街の多くが、今現在では壊滅したか風前の灯なのだ。横浜の黄金町、三重県の渡鹿野島、沖縄の真栄原、栄町、吉原、これらの街は繰り返される浄化作戦で廃れてしまった。そして、この浄化作戦の多くに地元の婦人会や女性の人権を叫ぶ人々が加わっていることが何とも皮肉だ。

売春は女性の人権侵害であり、男が彼女たちを搾取していることにも間違いはない。しかし、彼女たちに対しなんらセーフティーネットを設けることなく、一方的な正義感から行われる「浄化」という行為は、彼女たちから生きる術を奪っている。渡日のため数百万円の借金を背負った外国人娼婦が強制送還されたならば、その先にどんな生活が待っているのだろうか。
また、外国人娼婦だけではない。沖縄で子供を養うために身を売る日本人娼婦は「こっちは、パートに出ても時給六百三十円なんです」と語る。とても生活できる水準ではない。また「ここがなくなったら困るんです」とも呟く。売春は彼女にとって子を養う手段なのだ。たとえそれが後ろ指をさされる行為であったとしても。

彼女たちのような存在を抹殺しかねない「浄化」という言葉に著者は言い知れぬ怖さを感じるという。一方的な正義と一点の濁りも許さぬ清潔感は人を不寛容にし、人を殺す。

売春で夢を掴んだアニータ

著者はさらに売春でジャパンドリームを掴んだ女性に取材を行う。覚えている人も多いであろう。アニータだ。

彼女は幼い娘の治療費を稼ぐため娼婦となる決意を胸に渡日。日本で、必死に稼ぎながら、生涯で最も深く愛することになる日本人男性と出会う。運送業をしている男性は経済的にあまり豊かではなく、アニータもスナックで働く。だがそれでも仕送りのお金が足りず、彼に内緒で売春を続けた。そんな時に出会ったのが千田だ。千田はアニータの状況に同情し、横領した公金、1000万円を彼女に贈る。アニータは決めた。お金のために愛を捨てることを。彼女は愛する男と別れ、千田と結婚する道を選んだ。そして家族を養う。

彼女は娼婦であったことも、千田を選んだことも後悔していないという。愛した彼への未練はどこかに残っているようだが、彼女は家族を養い、娘たちに同じ道を歩ませなくてすむだけの経済力を手に入れたのだ。

屈託なく著者の取材を受け入れ、著者に料理まで振る舞う彼女は、娼婦たちが夢見た成功を掴んだ。だが、アニータは苦界で成功を手にしたごく一握りの人間だ。多くの女性は闇社会に搾取され、病気に怯え、表の社会が掲げる正義のために苦しむ。娼婦たちは社会の歪をその華奢な体で受け止めながら必死に生きる名もなき人身御供なのだ。

娼婦たちの人生の哀しみが、私の心の奥底に黒いさざなみを発生させる。この波は国境や時間を超えて、いつまでもこの世界を覆い続けるであろう。答えなど見つからない問題だ。そして、彼女たちは今日も夜の街に立ち続ける。私にできることは、彼女たちを好奇の眼差しで見つめるのをやめることぐらいではないか。言い知れぬ虚脱感が読後に残った。

ライター

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Commented by amenbou at 2015-05-01 10:30
22時半~6時半、2時頃にトイレに起きたけど一応はベストな白河夜船。みた夢の記憶がないのがとくにいい。昨日は重たくて嫌な夢だったから。TVの「あさイチ」では安田成美がゲスト。いつまでも美しい人だ。少女時代に彼女は妖精が見えたという素晴らしい才能の持ち主である。先日みた映画『ミス・ポター』(2006年/レニー・ゼルウィガー主演)は、ピーターラビットの作者の伝記だったが、彼女も自らが描く動物が動き出すのだった。これらは“障害”ではなく「才能」なのだ。
Commented by amenbou at 2015-05-01 10:31
通常の人には見えないものが見える、もっといえば見抜く目、鵜の眼・鷹の眼を持つことが大切だと思う。この世の中はとにかく誑かし(とくに政治と経済、宗教)が多いから。ぼくが映画で好きなのが『ビューティフル・マインド』(2001年/ロン・ハワード監督/ラッセル・クロウ主演)で、ノーベル賞を受賞する天才数学者なのだが、いろいろなモノが見えるため差別にさらされる。騙さないために、人を落としこめないためも真贋を見抜く眼を獲得したい。
Commented by amenbou at 2015-05-01 10:31
今日から5月。ということで手ぬぐいは「藤と燕」「青波」に更新。ANAカレンダーは「パリ」、JALは「イングランド美女」、山渓は「乗鞍岳」。ベトナムで買ったフォーのTシャツを着た。
Commented by amenbou at 2015-05-01 10:32
今日から5月。ということで手ぬぐいは「藤と燕」「青波」に更新。ANAカレンダーは「パリ」、JALは「イングランド美女」、山渓は「乗鞍岳」。ベトナムで買ったフォーのTシャツを着た。

昨日4月30日、ベトナム戦争で解放軍が勝利してから40年
今日5月1日、狭山事件発生から52年
40年前に終わったベトナム戦争、52年前に始まった狭山事件。
アメリカ国内でも反戦運動が広がり、たくさんのプロテストソングが生まれ、映画も作られた。狭山の闘いだって負けてない。74年には空前の11万人が公判時に日比谷公園に集結した。
そして、今、狭山は動いている。
三者協議は続き、毎日映画コンクール、ドキュメンタリー映画賞を取った。
一刻も早く、狭山事件、石川一雄の完全無罪を歴史に刻もう!
by amenbou | 2015-05-01 00:00 | ニュース・メディア・映画 | Trackback | Comments(4)

★彡Amenbou Premium★彡身の廻りで起きる現象を的確に批評・分析しますがあくまで個人の感想と意見です。