ブログトップ

NEWS-SELECT

☆彡★彡☆彡2015年5月27日★彡☆彡★彡

★彡橋下徹の“引退商法”に全面協力し続投ラブコール…テレビ局の無節操ぶりに呆れ果てた!
(c)LITERA 2015.05.20.

 気持ち悪いくらいに笑顔を振りまき、不自然なまでにサバサバした口調。「説明しきれなかった僕自身の力不足」とだけ語る一見潔さげなポーズ。そして、「思う存分やりきった」「最高の終わり方」「政治家冥利に尽きる」と情緒的な言葉を並べ立てた政界引退表明……。

 5月17日の住民投票で「大阪都構想」を否決された橋下徹市長は、明らかに計算ずくのこのパフォーマンスによって、デタラメ政策の総括がなされるはずの会見を、国民的アスリートの引退発表のような花道に変えてしまった。

 そして、こうしたペテンに丸め込まれるばかりか、橋下の逆転作戦をしっかりアシストしていたのが在阪メディアの記者たちである。テレビ局の人間が橋下に共感を持ち、「都構想」報道では凍りついたように及び腰になっていたことは先日の記事で指摘した通りだが、今回の会見は、彼らが権力者に対峙する問題意識も、批判精神の欠片も持ち合わせていないこと、そして橋下を「仲間」であり「商品」と認識していることをあらためて露呈する結果になった。

 なぜそんなことになるのか。会見の模様をまずは振り返ってみたい。

●「お疲れさま」「やめないで」、ラブコールを送るバカ記者たち

 今回の住民投票は、あくまで橋下が提唱した大阪市の廃止・解体構想の是非を問うものだった。であれば、本来はその中身や経緯について、投票結果を受けた上であらためて質し、なぜ反対されたのか、総括させるべきであろう。橋下自身がたびたび変転させた「都構想」の狙いや効果、特別区設置協定書のお粗末さ、説明会やパンフレットで吹聴された粉飾やごまかし、住民投票に至るまでの強引かつ不透明な経緯。材料はいくらでもある。そうした詐術やプロパガンダに胡散臭さや不安を感じて反対票を投じた市民も多いのだ。

 投票前は「中立公正」に配慮して踏み込めなかったとしても、結果が出た後なら、遠慮なく聞くべきだろう。ところが、記者たちはほとんどそこに突っ込むことなく、「敗因は僕の説明不足」の一言で納得してしまった。そして、早々と橋下の進退問題に話の焦点を移してしまったのである。

 しかも呆れたことに、記者の多くは「橋下市長、松井知事、お疲れさまでした」と、上司か身内でも労うような言葉から質問に入り──そういう「文化」があるのだろうか、と思わずわが耳を疑った──まるで「やめないでほしい」とすがるようなニュアンスを言外に漂わせていた。象徴的だったのは、『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)のプロデューサー兼アナウンサー、野村明大である。
「70万人の方が都構想に賛成し、政治家として大阪のため、日本のためにまだまだ頑張ってほしいと賛成票を投じた。その数を見ても気持ちに変化はありませんか」
「(引退)発言を覆してほしいと思っている有権者も多いと思うが、ほんとうに(続投や再出馬は)100%ないんでしょうか」

 この質問に対して橋下が余裕綽々で語ったように、彼には府知事選出馬時に「2万%出ない」と言いながら、あっさり覆した過去がある。報道側としてはしつこく念を押し、政界引退の言質を取っておくことは必要であろう。そこまではわかる。しかし質問はさらにこう続くのだ。

「12月(の任期満了時)になって、あるいは10年後20年後の将来、大阪や日本の情勢が大きく変わっていた場合、もう一度政治家に(なる)という可能性はあると期待していいんでしょうか」

 このアナウンサーは橋下が府知事時代に長く番記者を務め、あまりメディアの人間と個人的に付き合わないと言われる橋下に、かなり食い込んでいたという。身内意識からの気安さが言わせたのだろうか、「期待」という本音が出てしまったわけだ。

 そこまで露骨でなくても、他の記者たちも似たり寄ったりである。

「安倍総理のようにリベンジ(再登板のことだろう)はないのか」
「テレビコメンテーターとして引っ張りだこだと思うが、どうするのか」
「(関係の深い)故・やしきたかじんさんや島田紳助さんに何を伝えたいか」
「市長ではなく、橋下徹個人としてメッセージを」

 これはいったい何のための会見なのかと呆れるばかりだが、これらほとんど「ラブコール」と言っていいほどのアシストを数々得て、橋下はますます笑顔になり、弁舌はどんどん滑らかになっていった。

「戦を仕掛けて負けたのに命を取られない。民主主義とはほんとうに素晴らしい政治体制だ」と、本サイトの別記事で指摘した「多数決至上の民主主義」論を滔々と繰り広げたのに続き、「嫌われてもやることはやる僕みたいな政治家はワンポイントリリーフでいい」「8年前は僕のような敵を作る政治家が求められた。今回いらないと有権者に言われたのは、この8年で大阪が安定したということ」と、しっかり自分の“実績”もアピールする。テレビ局に圧力文書を送ったことを棚に上げて、「報道の自由こそ民主主義の根幹」と記者連中を激励してみせたかと思えば、「テレビ局はディベートのルールがわかっていない。都構想の討論番組で賛成・反対の時間配分がおかしかった」と、巧みに敗因を責任転嫁する。

 時間にして約2時間。橋下の会見が独演会になるのは今に始まったことではないが、「都構想」という彼の最重要課題であり、政治的原点が否定されてもなお、記者たちは彼を持ち上げ、好き放題に語らせるばかりだった。

●メンタリティまで「芸能マスコミ」化したテレビ局の報道

 会見がこんな調子だから、各局の特番やニュース番組の報道も推して知るべしだ。

 開票当夜や翌日には、各局とも橋下が政治家になって7年半の歩みをVTRで振り返っていたが、どれも府知事就任直後の「(国の直轄事業負担金に抗議した)ぼったくりバー」発言や「教育委員会のクソ野郎」発言に始まり、「都構想」が劣勢の中、懸命に街頭で訴える最近の演説まで、あたかも「既得権益と抵抗勢力にたった一人で抗った改革者」のようなイメージの、安っぽい感動物語に仕立てていた。

「結局、テレビの人間はみんな橋下氏が好きなんですよ。やめてほしくないんです。都構想を表立って支持することはできないけど、心情的には共鳴している。だから橋下氏をヒーローのように扱う一方で、都構想反対派は、自民から共産までが手を組んだ既成政党の集団みたいな見せ方になってるでしょう。ほんとうは、学者や地域のさまざまな団体もこぞって反対し、若い子たちがボランティアでビラを配ったりしていた。そういうことが全部なかったことになっている」

 とは、ある在阪局の報道関係者である。

「橋下氏への共感に加えて、記者の能力の問題もある。たいして取材経験もない入社5年前後の人間がとりあえず橋下氏を追いかけ、その素材をセオリー通りにつなぐだけだから、そんなVTRばかりになるんです。若いから地域とのつながりもないし、市民の生活実感もわからない。反対派の人たちがなぜ反対するのか理解できないんです。地域振興会(自治会)や高齢者が『既得権益』だと橋下氏に言われれば素直に信じてしまう。上の人間がチェックすると言っても、大きな間違いがないかというぐらいのことですからね」

 権力者を監視・批判する姿勢もなく、客観的に取材・批評する能力もないとすれば、それは報道機関ではなく、ただの広報機関である。報道枠のニュース番組が「情報バラエティ」化しているばかりではない。そもそも作り手の側が人気者の機嫌を損ねることを恐れ、ひたすらお追従質問ばかりを繰り出す「芸能マスコミ」に堕しているというわけだ。

 それを証明するように、橋下のもとには今、テレビ各局からコメンテーターとしての出演依頼が殺到。なかには、故・やしきたかじんのような存在にしようと冠番組をつくる動きまであるらしい。

 おそらく、橋下はこれから売れっこテレビタレントの階段をのぼっていくだろう。そして、その先にあるのは安倍政権の改憲への全面協力、もしかしたら政界への復帰かもしれない。少なくとも、官邸は橋下をなんとか利用しようと、次の参院選か衆院選への出馬、それが無理なら、民間人閣僚や内閣参与への起用など、さまざまなオプションを用意するはずだ。

 テレビが生み、モンスターに育てた「テレビ政治家・橋下徹」は、大阪府政・市政に真に何を残したのか、混乱と不毛な対立だけではなかったのか、という問いを突きつけられることもないまま、意気揚々と「次」へのチャンスをうかがっている。
(安福 泉)

☆彡沖縄の叫び聞け 米国人監督がドキュメンタリー映画
(c)東京新聞 2015年5月16日 朝刊

 米軍普天間(ふてんま)飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の名護市辺野古(へのこ)への移設問題で沖縄が揺れる中、米国人の映画監督が、沖縄県の近現代をテーマにした長編ドキュメンタリー映画を製作した。戦争を体験した沖縄の人たちに加え、基地に勤務経験のある元米兵計20人に話を聞き、米国人の視点を盛り込んだのが特色だ。沖縄県の本土復帰から15日で43年。「基地問題には、日本政府が取ってきた沖縄への差別的扱いが投影している。沖縄県民の静かな叫びを聞いてほしい」と話している。 (編集委員・五味洋治)

 この映画は「沖縄 うりずんの雨」。うりずんは、沖縄の言葉で、三~五月ごろを指す。沖縄の人たちはこの時季に、米軍との間で行われた一九四五年の沖縄地上戦を思い出すという。

 監督したジャン・ユンカーマンさん(62)は、米・ミルウォーキー生まれ。二〇〇五年には日本国憲法をテーマに製作した映画が公開されている。

 高校時代に日本に留学。大学を卒業した一九七五年、沖縄に半年間暮らした経験などを通じ、「米国人は沖縄のことを知らない。実態を伝えたい」と考えていた。

 今回の映画の準備に入ったのは二〇一一年。十二歳の女子小学生への集団暴行事件(一九九五年)を起こした元海兵隊員の一人に粘り強い折衝の末、証言を引き出した。

 映画の中で、元海兵隊員は事件の夜を「友人が『犯罪を犯そう』という話を始めた。それからすべてが起きた。一巻の終わりだった」と淡々と振り返った。

 沖縄地上戦の記録映像などを挟みながら、幾人ものインタビューが続く。

 ベトナム戦争のさなかにあった六九年に沖縄に配属された元米陸軍憲兵隊員は「沖縄ではレイプはいつも起きていて、大したことだとはされていなかった。捜査もほとんどされていなかった」と証言した。

 ユンカーマンさんとともに沖縄地上戦の跡を歩いた地元の僧侶、知花(ちばな)昌一さんは「米国の屈辱的な支配から逃れるためには日本に復帰するしかないと思った。しかし、復帰後も基地は残ることになり『こんな復帰だったのか』と失望した」と話した。

 映画は六月二十日から岩波ホール(東京都千代田区)をはじめ、全国で公開される。英語字幕を付け、米国での公開も準備中だ。

 公開を前に、ユンカーマンさんは「日本政府は沖縄の負担を軽減するというが、現実は全く違う」と力を込める。「沖縄は『米国の戦利品』扱いであり、沖縄を安全保障政策のための捨て石にする日本政府の姿勢も変わっていない。沖縄の人たちは、もう我慢できないと声を上げ始めている」

★彡オスプレイ配備 横田に軍人ら400人追加 国が都などに詳細説明
(c)東京新聞 2015年5月16日 朝刊

 米軍横田基地(東京都福生市など)への垂直離着陸輸送機CV22オスプレイ配備に関して、東京都は十五日、外務、防衛両省の担当者から、オスプレイ配備に伴い、軍人や軍属計約四百人が横田に追加されるとの説明を受けたことを明らかにした。

 都は低空飛行や夜間訓練の場所をただしたが「未定で調整中」と回答したという。筧直・基地対策部長は「疑問点をまとめ、安全性について国に説明を求めたい」と話した。

 両省担当者は同日、基地周辺の立川、昭島、福生、武蔵村山、羽村の五市と瑞穂町にもあらためて説明した。横田基地周辺市町基地対策連絡会によると、CV22の事故率が二〇一四年九月現在、十万飛行時間当たり七・二一件だと説明。事故には操作ミスなども含まれるので、事故率だけでは一概に危険とは言えないとし「安全性は十分に確保される」との日本政府の評価を伝えた。

 騒音は、すでに配備されているC130輸送機などと変わらないとした。

 説明に新たな情報が少なく、施設整備などで決まっていない点もあり、連絡会は「十分な説明がなされたとは考えていない。周辺住民の安全・安心、良好な生活環境の確保を最優先に考え、対応する」とのコメントを発表した。

 一方、米軍横田基地の滑走路の延長線上にある埼玉県入間、飯能、日高の三市は十五日、オスプレイの安全性の説明などを求める要望書を防衛省に提出した。三市は「安全性に対する市民の懸念が払拭(ふっしょく)されていない段階で、オスプレイ配備が唐突に発表されたことは遺憾だ」と国の対応を批判している。

☆彡首相「殉職自衛隊員1800人いる」 「戦死者」への批判かわす狙い
(c)北海道新聞 5月16日(土)7時30分

大半は任務中の事故死 「論理のすり替え」

 新たな安全保障関連法案を閣議決定した14日の記者会見で、安倍晋三首相が自衛隊員のリスクについて「今までも1800人の隊員が殉職している」と述べたことに波紋が広がっている。殉職者の大半は任務中の事故によるもので、戦闘に巻き込まれて亡くなった隊員は、過去1人もいない。隊員に「戦死者」が出かねないとの批判をかわす狙いとみられるが、性質の違う数字を挙げる首相の論法に、専門家は「論理のすり替えだ」と批判している。

 「まるで今まで殉職した隊員がいないかのように思っている方もいるかもしれないが、1800人が殉職している。私も遺族とお目にかかっており、殉職者が全く出ない状況を何とか実現したい」。首相は14日の会見で、新たな法整備によって隊員が死亡するリスクが高まると指摘した質問に対し、こう述べた。

 防衛省によると、自衛隊の前身である警察予備隊が発足した1950年以降、殉職者数は今年3月末現在で1874人。車両や航空機、艦船による訓練など任務中の事故が7割以上を占め、残りは過剰業務による病気などが原因のケースが目立つという。

確実に高まる隊員のリスク

 首相はまた「自衛隊は日ごろから日本人の命、幸せな暮らしを守るために苦しい訓練を積んでいる。こういう任務をこれからも同じように果たしていく」と強調した。

 だが、関連法案が成立すれば「非戦闘地域」に限定されていた他国軍への後方支援が、より戦場に近い地域でも可能になる。法人救出や「駆け付け警護」などの任務で攻撃を受ける可能性は高まり、危険性は格段に増す。政府高官も15日、「自衛隊の活動場所や内容は広がり、隊員のリスクは確実に高まる」と認める。

 憲法9条の下、戦後、自衛隊員が戦闘で殉職した例はなく、野党は「今回の法整備によって、戦闘に巻き込まれて死亡する隊員が出かねない」と危惧する。専門家からも「首相は戦死者が出ても驚くことではないと言っているようだ」「自衛隊員の殉職はやむを得ないとも聞こえる」と批判の声も上がる。





★彡Listening:<「論争」の戦後70年>琉球独立論 戦争への危機感、背景
(c)毎日新聞 2015年05月12日

◇日本と異なる歴史、根拠に/楽観的理想主義、地元でも疑問視

 1972年5月15日、沖縄が日本に復帰した。東京で開かれた記念式典の最後、佐藤栄作首相が「日本国」と「天皇陛下」万歳三唱の音頭をとった。天皇陛下万歳の方は当初の予定になかった。その日の毎日新聞夕刊は「沖縄万歳といってくれるならまだしも」と、沖縄側の憤慨を伝えた。だが、首相の暴走は単なるハプニングだったのか。もっと根の深い違和感を覚えた人が、沖縄には少なくなかったのかもしれない。初めから、何かがずれていたのか。

 41年たった2013年5月15日、「琉球民族独立総合研究学会」が発足した。趣意書によれば、琉球民族が独立することを前提に、その実現に必要な研究、討論、人材育成を行う学会である。独立に関する学会は琉球史上、初の創設とのことだ。

 米軍普天間飛行場の辺野古移設問題を機に、沖縄の独立をあおるメディアも出てきた。沖縄独立が切迫した課題だと今は見えないが、現地の真摯(しんし)な動きには注目したい。

 学会の姿勢でまず目を引くのが、会員を「琉球の島々に民族的ルーツを持つ琉球民族に限定」したことだ。本土への拒絶感の強さが気になる。共同代表の一人、松島泰勝・龍谷大教授(島嶼(とうしょ)経済)に聞いた。

 「排外主義ではないですよ。琉球民族とは、という定義を学会ではしていない。『自分は琉球人』というアイデンティティーに基づく自己申告と会員の推薦で入会できます。定義より、琉球の歴史や文化に責任をもちたいという自覚が大事ですね」

 民族が人種や血によらず、文化や歴史的な概念であることを松島さんは自著で強調している。その点にほっとするものの、学会の歴史観や民族観には本土日本人一般とは相当な距離がある。例えば、「琉球人は日本人とは別の民族」。また、「今の琉球は日米の植民地」。日本の国の南部で、民族の違いをこれほど前面に出す活動があること自体、十分刺激的ではないか。

 こうした特徴をもつ学会は、国際法に従って民族自決権を行使し、住民投票、独立宣言、各国からの承認獲得というプロセスを経ての平和的な独立を目指している。そして、独立によって、すべての軍事基地の撤去、平和と希望の島の実現、琉球民族の人間としての尊厳の回復が可能になると力説するのである。

 さて、独立を求める動きは、沖縄でどう受け止められているか。

 前回、「沖縄イニシアティブ」論争で登場願った3氏のうち、批評家の仲里効(いさお)さんは好意的だ。「独立論は、沖縄の歴史的転換期に繰り返し出てきた。沖縄の人の潜在意識の中に独立志向がある。今の独立論も荒唐無稽(むけい)なものではなく、歴史的な根拠がある。独立論自体、沖縄の思想や自己主張の重要なひとつです」

 一方、高良倉吉・琉球大名誉教授や仲村清司・沖縄大客員教授は冷ややかに見ている。

 高良さんがすぐに挙げた疑問が「独立したとして、周囲の大国とどうつき合うのか」。北に経済大国・日本、西に経済・軍事超大国の中国、さらに中国と問題を抱える台湾、もちろん米国。人口がせいぜい140万人の小国・琉球は東アジアの不安定要因になりかねない。

 対して松島さんは「琉球人が自分の島、人々の命を守るために独立して非武装中立の小国となる。戦争しないための外交や会議、国連のアジア本部を誘致……、できることはいっぱいあります」。当地の大問題、尖閣諸島については「領有権は琉球にあることになりますが、そうは主張せず、コモンズ(みんなの領域・海域)にしようと提案します。(富国強兵を一人前の条件とする)近代国民国家の枠を崩せるのでは」。

 とても楽観的な理想主義だ。ただ、太平洋の島国パラオなど、軍隊をもたなくても平和に生活できている実例は世界に豊富にあるという。

 仲村さんは「ヤマト(本土日本)との腐れ縁を一度断ち切るのは賛成。でも、独立で沖縄の諸問題が乗り越えられるのか」と疑問視する。「いま一番の問題は格差や貧困。それに、島の多様性が沖縄の魅力だし、独立という一つの方向に持っていくこと自体、無理がありますよ」

 これにも松島さんは「島々で投票し、意思決定します。人数が多い本島がすべてを決めるのではない。例えば宮古島一島が独立してもいいですよ」「所得格差の問題も、基地受け入れの代償として日本の官僚が考えた振興策に起因するものが多い。独立し、豊かな自然を土台にした経済を基地関連の補助金なしにやっていこうと議論しています」。

 さらに、仲村さんは「ヤマトに痛めつけられた恨みがベースでは長続きしない。希望ベースでないと」と心配する。昨年、英スコットランドの独立運動を現地で見た松島さんは「独立すればこんなにいいことがあるという『イエスキャンペーン』が面白かった。琉球の場合も、どういう憲法、政府をつくるかといった前向きの議論が中心なんですよ」。

 学会創設からまもなく2年。松島さんは「会員は300人に増えた。独立という議論が一部の知識人、文化人、活動家という少数者から、どんどん広がって公の世界に出てきている」と手応えを語る。

 琉球独立の好機は過去に3回あったという。中国の辛亥革命(1911〜12年)、日本の敗戦(45年)、72年の日本復帰。辺野古問題が沸騰する今が4回目なのか?

 「チャンスというより、独立しないと戦争になるという危機感が強いです。日本は今、沖縄でもう一回戦争をやってもいいという態勢を構えているように見える。そう身近に感じる琉球人が増え、悲惨な目に遭わないためには基地をなくす、その効果的で合法的な方法の一つが独立なんだと考えてくれています」

 そして本土に対し「辺野古問題を知ってはいても、自分の問題としてとらえていない人が多い気がする。温度差以上の壁というか、日本人と琉球人の感性の違いというか、やっぱり別の歴史を歩んできたんだな、と。戦後70年の今年、日本は戦後って言うけど、琉球には戦後はまだ来ていない。とらえ方が全く違う。だから、やっぱり独立かな、と」。

 「琉球の歴史それ自体が琉球独立の根拠なんですよ」と、松島さんが言った。【伊藤和史】

 ■ノートから

 ◇非軍事の未来へ思い共通

 歴史家の高良さんは、15〜16世紀を中心に、琉球王国が東アジア交易の拠点として勇躍する姿を紹介してきた。「今、アジアではそのニューバージョンが始まろうとしている。それが沖縄の将来像ですよ。軍事的ではなく、災害対策も含めた総合的な安全保障の結節点になっていく。沖縄にはそれが一番似合うんです。米国の軍事的拠点ではなく」

 また仲村さんは「今、大事なのは格差の是正と島の多様性を元に戻すこと。本来ありえた沖縄、宮古、八重山……を取り戻していく。信仰や自然、土地の景観、相互扶助、産業のあり方。今風に画一化するのではなく、島のベースや発展に合わせて、元々の自分たちをつくっていたものを発掘していきたいですね」。

 独立論では3者相いれない点が目立っても、互いが見ている未来が交差する瞬間がある。これが、沖縄の言論空間の奥行きなのだと思う。

ライター

c0018311_929438.png☆彡★彡☆彡★彡☆彡★彡☆彡
みなみあめん坊Z
FaceBook
★彡☆彡★彡☆彡★彡☆彡★彡
[PR]
トラックバックURL : https://amenbou.exblog.jp/tb/24097329
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by amenbou at 2015-05-31 06:03
5月27日 20:14
北海道みやげのメロンにマッサンのウイスキーをかけていただきました(^_^)v
Commented by amenbou at 2015-05-31 06:04
5月27日 20:19
支笏湖畔の丸駒温泉の朝ごはん。いつものようにてんこ盛りで同伴者が「豆腐を三つ、焼売は二つ!!」と嘲り笑った😭
Commented by amenbou at 2015-05-31 06:06
5月27日 16:38
ぼくはルポライターだった竹中労さんを尊敬しているのだが、労さんはその父で画家の英太郎さんを尊敬していた。英太郎さんは全國水平社に共鳴共感し熊本県水平社に参加している。
今朝よんだ『紋切型社会』で武田砂鉄が竹中労さんについて以下のように記していた。
<思想家の久野収はルポライター・竹中労のことを「竹中っていうのは時々、味方の横っ面を引っ叩くんだ。あれがすごくいい。あれが必要なんだ」と語っていたと、佐高信の談にある(『道の手帖 竹中労』河出書房新社)。どんなに近くにいようが叩かざるを得ない時には叩く、こういう馴れ合いと無縁の先人が引き締めてきた言論すら、今の時代に改めて咀嚼すれば「炎上」でしかなくなるのか。左でも右でも、ある主張を掲げている場合、その徒党の先頭に立つ人しか認めない。竹中は、思想的には全く異なる三島由紀夫や右派に連動を求めていた。『竹中労の右翼との対話』(現代批評社)の一説である。
「アナキストである私が天皇をみとめないという一点だけをこれだけはどうしても留保しなくてはなりませんので留保して、諸君に連動することをいまここで申し入れたとする。諸君はどう答えるでしょうか? 私たちはかなりの接点がある。現状変革の志において一致できる」
 大雑把につながっていない時分に、立場を越境していくプロセスを強引に探し当てた人の言葉から学ぶべきことはないのか>
父方が被差別部落であるという橋下徹は、エリートをめざし、独裁者となって、民衆を苦しめ抑圧する安倍晋三なんかと手を組もうとした。同じく母方が被差別部落であるやしきたかじんもそうだ。被差別にルーツがあるから反体制の側にあるというのは実はごく少数派で、大抵は多数派の側に立つことで差別から回避できると考えている。厄介なのは、その目的達成の為に他者の犠牲を厭わないことである。
現在、歌手の大御所として活躍している五木ひろしや八代亜紀も竹中労さんに足を向けて寝れないはずだ。
Commented by amenbou at 2015-05-31 06:07
山崎 哲 5月28日 4:01
懐かしいなあ。私も竹中さんが好きで、亡くなる少し前、幸運にもテレビ朝日の深夜番組でしばらく一緒に仕事をさせてもらいました。文章とは違って、ほんとに穏やかで素晴らしい方でした(^^♪
Commented by amenbou at 2015-05-31 06:09
5月27日 15:54
ニ風谷の萱野茂記念館で面白い写真を発見。萱野茂さんと並んでいるのは金田一京介さん。そして、後ろの航空機が「よど号」だ。
Commented by amenbou at 2015-05-31 06:10
5月27日 8:34
22時25分~5時10分、白河夜船。朝風呂で『紋切り型社会』武田砂鉄(朝日出版社)を読む。そして、朝食を採りながらNHKの「おはよう関西」をみていた。三重県熊野の新鹿海岸からの中継だった。レポートの男性アナが海水浴客が半減していると言うのを聞き、GW明けに行った八方尾根のことを思い出した。春スキーをしていたの元気で金持ちの中高年ばかりだったことだ。アメリカGMのCEOが一人で20億円もの年棒をとり、日本でも日産のカルロス・ゴーンが10億円の年棒ということに象徴されるごとく、企業家は過剰に取り過ぎ、反面労働者は、正規も非正規も低賃金と過重労働でこき使われる。グローバリズム経済が跋扈するかぎり海水浴やスキー客も激減するはずだ。
Commented by amenbou at 2015-05-31 06:11
5月27日 9:22
武田砂鉄の『紋切型社会』は、示唆に富むいい本だ。
<すっかり社会の片隅に目が届かない時代にある。むしろ、届かなくなってよし、がそれなりにひとつの極論として立派に機能してしまっている。あらゆるツールによってどこまでも可視化されていくくせに、社会の片隅は細かく広がったまま放っておかれている。批評性が比較的強い原稿を出した際に。「面白いんですが、この原稿を読んで、誰がハッピーになるのですか?」と問われたことがある。メールで送られてきた文面を見ながら目を疑った次に相手を疑い、「原稿とは、ひとまず人をハッピーにしなければならないのでしょうか?」と返すと、「まぁでも、わざわざdis(非難、批判)る必要はないですよね~」と再度返されてしまう。そのポップな澄まし顔に対する返答をどうにも用意できなかった>【P273】
物書きの端くれとして、よく分かる。
by amenbou | 2015-05-27 00:00 | ニュース・メディア・映画 | Trackback | Comments(7)

★彡Amenbou Premium★彡身の廻りで起きる現象を的確に批評・分析しますがあくまで個人の感想と意見です。